辻村七子/著・集英社オレンジ文庫/刊

 

ただもう見るだけで癒やされる虹とかご来光とかのレベルで美しい宝石商・リチャードと、いつまで経ってもうかつだけどちょっとは成長したかもな大学生・中田正義の物語、第5集。

あー………………うん、なんかすっごい納得しちゃった。なんで私がこのシリーズにこれだけ惹かれて、新たなブログ立ち上げてまで延々と長々とレビューを書き始めたのか、その理由が。

まず、この第5集『祝福のペリドット』に収録されているお話はどれも、第4集までの流れを受けて正義とリチャードがどこへ向かおうとしているのか、そのひとつの方向性を示してるんだなって、すごーく感じた。

そして、その示されてる方向性が、私にとって一番心地のいい、一番納得できるものなんだっていうのが、とってもよくわかったんだよね。

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この巻の第2話『サードニクスの横顔』に、「感情のキャッチボール」っていう言葉が出てくる。恋愛っていうのは、相手と感情のキャッチボールをすること、つまりそういう関係になりたいと望んで、それを実行に移していくこと、っていう意味合いで出てくるんだけど。

この『サードニクスの横顔』に出てくるお客さまである乙村さんは、自分の好きな人とそういう感情のキャッチボールをしたかった。でも、相手の立場を慮ってそれをしなかった。と言うか、できなかった。できないまま、相手を永遠に失ってしまった。

それなのに、相手は最後にぽつんとひとつ、乙村さんが投げたはずのないボールを彼の手元に置いていったんだ。乙村さんはその意味を図りかねて、リチャードに解き明かしてくれないかと、半ば諦めにも似た状態でエトランジェにやってきたっていうのが、このお話の筋なんだけどね。

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で、こっからがネタバレかな。

乙村さんがずっと好きだったその人は、乙村さんがほかのところで投げたボールをちゃんと受け取っていたんだよ。それは彼が望んでいたような1対1の恋につながるようなものではなかったけれど、間違いなく特別な行為だったの。

そしてその人は最後に、それまでひそやかに自分が受け取っていたボールを、そっと彼の手元へ返した。何も言わずに、ただ自分が大切にしていたその気持ちを、ジュエリーという形に込めて返したんだ。おそらく、最大限の感謝を込めて。

乙村さんにとっては、彼女と生涯たった一度のキャッチボールだ。こんな形で返ってくるとは思っていなかった。彼が望んでいた形とは違っていたかもしれない。でも、彼女が返してくれたそれは間違いなく、これからの乙村さんの人生を潤してくれる。こんな不思議で幸せなキャッチボールもあるんだよねえ。

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第3話の『ジルコンの尊厳』では、シャウル師匠が言ってる。「愛情は対価を要求する」って。だから、相手が自分の愛情に値しないと気がついてしまったとき、つまり失望しちゃったときだね、その感情は「損をした」に近いものだとまで、シャウル師匠は言うんだけど。

人が人に失望するとき、浮かぶ言葉と言ったらまあだいたい「思ってたのと違う」「こんな人だとは思ってなかった」辺りなんだろうね。

でも私の場合、おこがましい話だけど、そういう失望のしかたってほとんど経験がない。私が失望するときっていつも、「やっぱりダメだった」。最初から、この人はダメっぽいなと思いつつ、でもなんとか関係を築けないかと努力はする。結果、やっぱりダメだった、と。

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最初からダメっぽいなって、私がどこで判断してるかっていうと、やっぱりキャッチボールだと思う。自分から投げてみて、相手がちゃんと受け取ってくれるか。そして、ちゃんと私が受け取れるボールを返してくれるかどうか。

感情のキャッチボールって、何も恋愛関係に限ったことじゃないでしょう。家族や友だちや、仕事で出会う人ともそういう場面は必ずある。

そこで思うんだけど、自分がちゃんとキャッチボールできる相手って本当に希少なんだよね。私が精一杯贈ったものを、相手がどう受け取ってくれるか。そしていったい何を返してくれるのか。かみ合わないことのほうが、はるかに多いから。

で、私にとって、返してもらってもどうにも困るものナンバー1は、キレイにラッピングされてるけど中身は空っぽの箱、なんだよねえ。

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もう大昔のことになっちゃったけど、職場の研修で出会った20代の女性が何気なく言った言葉に仰天したことがある。どういう話の流れだったか、彼女は「有名人と知り合えたらすごく自信になる」って言ったの。

え? 自信になる? 何が? なんで? 私は思わず訊き返しちゃったんだけど、彼女は当然でしょうという顔でまた言った。有名な人と知り合いっていうだけですごいことじゃない、周りもみんなそういう目で見てくれるでしょ、って。

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ああもう、リチャードの気持ちがわかり過ぎる。リチャードの周りにはこういう人、山盛りでいるよね。彼らにはもう、下心とか悪気とかそんなもの一切ないんだよね。ただもう当たり前のこととして、誰よりも美しく聡明でおまけに由緒正しい貴族の末裔で大金持ちのリチャードを、自分の「飾り」にしたいんだよね。

誰よりも深く細やかに感情のキャッチボールをしたがるリチャードが、そんな人たちに囲まれてしまう困惑とつらさが、私には想像できちゃう。

リチャードが当たり前のように細やかな感情を彼らに手渡しても、彼らが返してくれるのは彼らなりに精一杯飾りたてた空っぽの箱。その箱を開けたときの、リチャードの困惑した顔が浮かんじゃう。でもしょうがない、彼らにとって一番価値があるのは、飾りたてた箱そのものなんだもの。精一杯飾りたてることが、彼らにとっての誠意なんだもの。

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自分が手渡した自分の大切なものに、何を返してくれるのか。愛情の対価ってそれだよね。そして、自分が望んでいたものが返ってこなかったら、人は文字通り失望して「損をした」なんて思っちゃう。

ただ、そこで問題になるのは、人って意外と自分が本当に望んでるものが何なのか、知らなかったりするってことだ。自分は本当に欲しいのはこれ、って思い込んでても、それを実際に手に入れてみると、「違う」と思っちゃったりする。勝手に飾りにされて、勝手に失望されちゃったりしたら、ホントいい迷惑でしかないんだけど。

私はかなり極端で偏った人間なので、割と早い段階から自分が欲しいもの、築きたい関係の種類がわかってた。だから、空っぽの箱をくれる人にも、私が欲しいのは中身なの、と一応働きかけはする。たいていの場合、「やっぱりダメだった」で終わるんだけどね。

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こんな私は、リチャードと正義の他愛もないキャッチボールを読むと、すごく幸せな気持ちになる。この『サードニクスの横顔』なんてお話を読んでも、すごくすごく幸せな気持ちになる。

そしてもうひとつ。『サードニクスの横顔』では、リチャードが「死にたくなった」ことと、「死ななかった」ことが少し語られる。特に理由はない、気がついたら絶望することに飽きていたから、死ななかったんだ、と。

リチャードはさらに、人間とは「精神によって肉体が支配されているのではなく、肉体の中に精神が間借りしているのではないかと」って言うんだけど、これにも私は思わず笑いながらうなずいちゃった。

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そうなんだよね、本当にもう真っ暗闇の中に投げ出されて右も左も上も下もわからない、何も見えない何も聞こえない、もう起きているのかも眠っているのかもわからない、っていうくらい深い絶望の中に堕ちてしまっていても、身体がその状態を許さないんだよ。

私の場合、最初に身体が要求したのは「トイレに行きたい」だったな。行ったよトイレ。しょうがないじゃん。いやもう、ホントに笑える話だけど、生きるってそういうことなんだって、とことん実感した。だって、次に身体が要求したのは「お腹が空いた」だったし。

水だけ飲んで、ほかに何か口にできるまで40時間くらいかかったけど、それでも食べてみたら美味しかった。本当に、泣けるほど美味しかった。まったく、たった40時間で音を上げる自分の身体の意地汚さ、いや生命力の強さに呆れちゃったわ。

まあでも、以来私の座右の銘は、「ごはんを食べて美味しいと感じることができたら、人生たいていのことは大丈夫」になってる。

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だから、リチャードが甘味大王でロイヤルミルクティーを美味しく飲んでるっていうだけで、私はすごく幸せな気持ちになる。

リチャードにとっての「それ」がロイヤルミルクティーなんだっていうの、第3話の『ジルコンの尊厳』の中に出てくるからね。甘味大王のルーツについては、第4話の『祝福のペリドット』に出てくるよ。

第1話の『挑むシトリン』で石は自分の鏡ではなく対話する相手、っていう流れから、第2話の『サードニクスの横顔』で生涯たった一度の深く切ないキャッチボール。そして第3話の『ジルコンの尊厳』でリチャードの歩いてきた道が語られ、第4話の『祝福のペリドット』でダメ押し。

ホント、この構成には唸っちゃうわ。なんかもう、いろいろしみ込みまくり。あ、ボーナストラックも楽しいよ。ああ、この作品を読めて本当によかった。

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最後にもうひとつ。

正義、それ、魔球じゃないから。

いや、わかるよ、わかるんだけどね。私も豪腕派だからね、超ストレートの剛速球でいきなりデッドボール投げちゃう派だからね、返球がスローカーブとかだったら結構な確率で受け損なっちゃうの、わかるんだけどね。

でもダメ過ぎるだろ、それ。うっかりさんってレベルじゃないかも。こんだけはっきり、リチャードがストレートに返球してくれてるのに。箱にも入ってないし霞がかかってるわけでもないのに。なんかこれはこれで、頭抱えちゃう案件な気がするんだけど、大丈夫だろうか。

う、うーん、とりあえず、第1部完結編になる次の第6集『転生のタンザナイト』を読んだので、その感想もどうぞ。

【小説感想】宝石商リチャード氏の謎鑑定 転生のタンザナイト

シリーズ既刊感想一覧

コミック版もありまーす♪

宝石商リチャード氏の謎鑑定 1巻 (ZERO-SUMコミックス)

アニメのBlu-ray・DVDもあるよ♪

宝石商リチャード氏の謎鑑定 Blu-ray 第1巻

 

★『宝石商リチャード氏の謎鑑定』が好きすぎて、既刊9冊全て1冊ずつ感想を、それぞれ4000字以上書くという暴挙に飽き足らず、『宝石商リチャード氏の謎鑑定』が好きな人ならきっと好きだろうと思ったおすすめ漫画作品をまとめてしまいました(;^^)ヘ..

いずれも、なんらか特殊な事情を持つ相手を、当たり前に人として尊重し大切に付き合っていく誰かの話、っていう感じです。

『宝石商リチャード氏の謎鑑定』が好きな人におすすめの漫画①


こちらはBL系。でも基本的にエロなし。1巻完結が2作品と、連載が始まったばかりでまだ1巻しか出てない作品1つ。

『宝石商リチャード氏の謎鑑定』が好きな人におすすめの漫画②


こちらはBLじゃない系。青年漫画、ファンタジー、少女漫画と、まあ節操ナシというか。最大3巻までで、読みやすい作品ばかりだと思います。

★おまけ
「ごはんを食べて美味しいと感じることができたら、人生たいていのことは大丈夫」を座右の銘とする私のごはんブログはこちらですw

おひとりさまの適当ごはん
基本的に一汁一菜の楽ちんレシピ

鉄のフライパンでご飯を炊いておにぎりにして日々食ってます。抜ける手は限りなく抜くけどそれなりに健全なおひとりさま向けレシピを書いてます。

でも私、ちっとばかしアレルギーがあって卵が食べられないんだよね。ホンット、正義のプリンが作れない、作っても食べられないのが悔しすぎる。牛乳寒天もそそられるけど、やっぱプリンだよねえええええ。とりあえずディンブラが手に入ったらロイヤルミルクティーを作る気ではいるけど。

 


宝石商リチャード氏の謎鑑定 祝福のペリドット (集英社オレンジ文庫)


宝石商リチャード氏の謎鑑定公式ファンブック エトランジェの宝石箱

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