辻村七子/著・集英社オレンジ文庫/刊

 

頭脳明晰冷静沈着でも必要なら躊躇なく豪腕を揮う美貌の宝石商・リチャードと、ごめんそのうっかりには理由があったんだねの大学生・中田正義の物語、第6集。

ホントだよ、ごめんな正義。そうだよな、きみにはそういう背景が確かにあったよな。これっぽっちも自分のせいじゃないのに、自分では本当にどうしようもないことなのに、絶対に逃れられないものを背負わされちゃってるっていう。

まったくもって、血のつながりなんてもの以上に、厄介なものはないよね。

本当に、これほど自分の根源にダイレクトにつながってるものってないからねえ。だからそこから生まれてくる恐怖って、冗談抜きで一生つきまとう。なんなんだろうね、これ。宗教っぽく言うと、前世からの負債とか?

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でもね、一生つきまとってくれちゃうことは間違いないんだけど、その負債と付き合っていく方法を学ぶことはできるんだよね。

私は人から相談を受けるとよく言っちゃうんだけどさ、「性格は病気じゃないから一生治りません」って(超ストレートの剛速球でいきなりデッドボールを投げる派)。

ただし、それは「救いがない」っていう意味じゃないの。

人が生まれながらに与えられてしまったカードっていうのは、何をどうやっても取り替えることはできない。でも、与えられたカードを使う環境は、変更可能だから。

そりゃあもう、最初からババを持たされた人が一生ババ抜きしかできないんだったら、つらすぎるでしょう。だったら、ババがジョーカー、つまり切り札になるゲームを探せばいいんだよ。本当に、たったそれだけのことなんだよ。

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では、ここからネタバレっぽく。

タイトルにある第4話『転生のタンザナイト』で、リチャードは正義に対して怒りを爆発させちゃった。あなたは私を何だと思っているのか、何の役にも立たないただの観賞用の人形だとでも思ったか、ってそれはもういつにも増して過剰なまでの言葉で正義をぼこぼこにして。

さらにリチャードは正義の前で拗ねてむくれて、そこでようやく語り始めた正義の言葉を受け、きっちり褒めてあげる。あなたはずっと苦しみを抱えて生きてきて、それなのに道を踏み外さなかったことを私はとても尊いと思います、と。頑張ってきたのですね、と。

まあ、ここまで最強リチャードさんに豪腕を揮われちゃったら、正義くんに逆らえるワケがないよね。美貌の過剰摂取をさせられて息も絶え絶えになっちゃってる正義くんに。もちろん、正義が好きで好きで手を差し伸べたくてしょうがないリチャードも、ちゃんとそれをわかっててやってるんだし。

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でもね、正義に手を差し伸べたがってたのは、リチャードだけじゃなかった、ってこと。そうやって正義に手を差し伸べたがる人が何人もいるのは、正義自身がずっと頑張ってきたから。どんな形であれ自分から手を差し伸べることを、決して諦めなかったから。

それでも、正義は怖くて最後の一歩が踏み出せないまま、踏み出せないことを「うっかり」として無意識のうちに紛らわせたまま、ずっと過ごしてきちゃった。だから、根源的な恐怖がはっきりとした形を持って目の前に現れたとたん、その恐怖にがんじがらめにされてしまったんだよね。

これはもうしょうがない。そこから先は、本当に、誰かに手を引いてもらわない限り、傷つけられたままの子どもには決して踏み出せない領域なんだから。

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誰と、いつ、どこで出会うかは、本当に運とタイミングとしか言えない。それでも、自分が本当に本当に心からそれを望んでいれば、結構それはやってくるもんだよ。

もちろん、自分から何もしないで暗いところにじっと座ってるだけじゃ、絶対に無理な話なんだけど。そこはやっぱり、自分でなんとか少しでも明るいところを目指して歩き、さんざん空振りをして痛い目にもあってみないとダメなんだよ。それでようやく、自分が本当に望んでいるのは何なのか、おぼろげに見え始めたとき、それはやってくるんだから。

って言うか、そこまでやってみないと、それが本当に自分にとって一番大切なものだってことが、わからないんだよ。わからないまま、通り過ぎちゃうんだよ。

でもそこでしっかり、差し伸べられた手をつかむことができれば、世界は変わる。ババを与えられてババ抜きしか知らなかった子が、世の中にはババ抜き以外のゲームがあったのか! って仰天するくらいにね。

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この『転生のタンザナイト』での正義がまさにそんな感じ。本人、びっくりしまくってたけどねえ。うわあ、うわあ、って。

でも、本当にたった「それだけ」のことだったでしょう。たった一言、リチャードに「助けて」って言いさえすればよかったの。正義自身が「うっかり」を言い訳に受け取らずにきた好意のお返しが、もう充分過ぎるほどに溜まってたことを差し引いても、ただもうリチャードを頼ればよかったの。

虐げられた子どもはたいてい、自分にはそんな大切ものを受け取る価値がないって卑下してしまって、好意を受け取ることをためらっちゃうよね。ホント、リチャードが豪腕を揮ってくれてよかった。受け取らないなんて絶対に許しません、って正義に詰め寄ってくれて本当によかった。

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ずっと苦しみを抱えてきた正義が、なんで自分の中の深く濁った部分に沈み込んだりせず、諦めずに明るいほうへ行くことを選び続けられたのか、それはやっぱりひろみやばあちゃんの存在があったからだろうなあ、って思う。

それはでも、母親だから祖母だからっていう血のつながり云々っていう問題じゃないと思うんだよね。根源的な恐怖を生み出してくるのはたいてい血のつながりだけど、そこに向き合う力をくれる相手に、また血のつながりを求める必要なんてまったくないんだから。ただそこに、自分を肯定し受けとめてくれる人が居てくれさえすればいい。中田のお父さんだってそうなんだから。

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私には殴る親はいなかったけれど、私を肯定し受けとめてくれる親もいなかった。親と名乗る人たちはそこに居たけれど、いまでもずっと「この人たちが自分の親でなければ、もう少し楽に生きられたのに」と感じてる。たぶん、その思いは一生消えない。

それでもいままで歩いてこられたのは、やっぱりいろんな人に助けてもらえたからだ。友だちや先生や、私がお願いしますと伸ばした手をつかんでくれた、何人もの人たちに。いろんなところで少しずつ積み重ねていくように、たくさん助けてもらってきた。

おかげで私は、普通であることにしがみつこうとすることも、すっぱり止められた。時間は結構かかったけどね。それでも、どこへ行っても、何をしていても、最終的には「アンタは毛色が違う」と弾き出されてばっかりの私を、ちゃんと受け入れ肯定してくれる人たちが居てくれたから。

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だから、第3話の『パライバ・トルマリンの恋』で谷本さんがどれほど嬉しかったかも、よくわかる。同時に、リチャードもまたどれほど嬉しかったのかも。

ごめんね谷本さん、恋が怖いって言ってたから何かそういうトラウマがあって避けてるのかと思ってたんだけど、そういう問題じゃなかったんだね。

正義もよく頑張ったよね。一人で浮かれまくってた状態から、しっかり地面に足がついたよね。同じ地面に立ってもなお、ちゃんと谷本さんと向き合ってその上で好きだと言えるのは、本当にすごいことだと思うよ。

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人と人との関係には、唯一絶対の正解なんてないんだ。目の前に居るたった1人に対して、この関係はいいけどこの関係はダメって決めちゃうのは、たぶんそのときの自分に、そこまでしか容量がないからってだけの話。

まあ、正義みたいに一度受け入れた相手は何があってもどこまでも全部受け入れちゃおうなんてことができるヤツのほうが、珍しいよね。あ、でもそれ、リチャードもか。お前ら、超高級ホテルのバーで「あなたを帰したくない」「何階?」なんて会話してんじゃねえ。

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ここ何年か、私はどうしても動くことができなくて、暗いところにじっと座ってた。ホントにリチャードが言う通り、そうすることでしか上手く息ができなかったから。それでもようやくちょっと、動こうかっていう気力が沸いてきた。

そういうときこの物語を読んでいると、暗いところに座り込んでいるうちに見えなくなって忘れてしまっていたことを、たくさん思い出す。

これもまた出会いのひとつだなって、しみじみと思う。たまたま手に取ったこの『宝石商リチャード氏の謎鑑定』シリーズが、そろそろ明るいところへ歩いていこうよって、私の手を引いてくれてる気がする。

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そして正義がいつも言ってる、自分はリチャードに何も返してない、こんなにいっぱい恩を受けてきてるのに何ひとつ返せていないっていう言葉に、そう、それなんだよ、って思わず何度もうなずいちゃう。

私も、恩を返したいんだ。正義の恩の返し方とはちょっと違うんだけど。

私がこれまで出会ってきた人たち、特に年長の人たちからは、手を引っぱってもらい助けてもらうばかりだった。そのことに恐縮する私に、彼らは言ってくれた。

あなたがいま恩を受けたと感じているなら、そして受けた恩を返したいと感じているなら、これからあなたが出会う手助けが必要な誰かに手を差し伸べなさい、って。恩を返すっていうのはそういうことだからね、世の中っていうのはそうやってつながっていくんだからね、って。

そして、自分もいまあなたに手を差し伸べることで恩を返させてもらってるんだからあなたが遠慮する必要なんかどこにもないよ、って。

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あーもー小っ恥ずかしい、こんないいトシになっても全然恩を返せてないんだもの。ちょっともう、まじでこれを来世の負債にしたくない。

ああでも、なんかヤダなー。これって、いま必死に罪滅ぼししようとしてるジェフリーみたいじゃないの。ヤダって言っちゃったらジェフリーには悪いんだけどさ、でもちょっと、いやかなり、カッコ悪いわー。

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さて、この『宝石商リチャード氏の謎鑑定』シリーズもこの第6集で一区切り。これからリチャードと正義がどうなっていくのか、この第6集に収録されてる『シンハライトは招く』に具体的な方向性は書いてあるけどね。

人の本質は変わらない。炭素の同素体であるダイヤモンドが、ある日突然コランダムのルビーに変わったりしないのと同じように。でも、人は人と係わり磨きあうことで、宝石にも負けないさまざまな面を持つ美しい多面体になれる。

と、最後に一応キメてみたけど、次もまたそういうお話を期待して、さくっと次へと進みましょうか。ということで、第7集『紅宝石の女王と裏切りの海』の感想はこちらになります。

【小説感想】宝石商リチャード氏の謎鑑定 紅宝石の女王と裏切りの海

シリーズ既刊感想一覧

★『宝石商リチャード氏の謎鑑定』が好きすぎて、既刊9冊全て1冊ずつ感想を、それぞれ4000字以上書くという暴挙に飽き足らず、『宝石商リチャード氏の謎鑑定』が好きな人ならきっと好きだろうと思ったおすすめ漫画作品をまとめてしまいました(;^^)ヘ..

いずれも、なんらか特殊な事情を持つ相手を、当たり前に人として尊重し大切に付き合っていく誰かの話、っていう感じです。

『宝石商リチャード氏の謎鑑定』が好きな人におすすめの漫画①


こちらはBL系。でも基本的にエロなし。1巻完結が2作品と、連載が始まったばかりでまだ1巻しか出てない作品1つ。

『宝石商リチャード氏の謎鑑定』が好きな人におすすめの漫画②


こちらはBLじゃない系。青年漫画、ファンタジー、少女漫画と、まあ節操ナシというか。最大3巻までで、読みやすい作品ばかりだと思います。

 


宝石商リチャード氏の謎鑑定 転生のタンザナイト (集英社オレンジ文庫)


宝石商リチャード氏の謎鑑定公式ファンブック エトランジェの宝石箱

 

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