辻村七子/著・集英社オレンジ文庫/刊
最早言葉を尽くすのが愚かしく思えてくるほどの美貌の持ち主である宝石商・リチャードと、ちょっとは大人になって返しも上達してきた宝石商見習い(仮)中田正義の物語、第8集。
承諾してくれないリチャードにおあずけくらわす正義、最高。いやあ、ずいぶん鍛えられてきたよね。もう、リチャードのことが好きで好きで尻尾振りたくって後ろにくっつき回ってるだけのワンコじゃないんだぞ、って主張し始めてる。
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しっかし「美しい」っていうのも、難儀なもんだなあ。そうか、美しいことに最大の意味があるのなら、最大の意味があると相手が思っているのだと感じてしまったら、美しさを失えばその相手も失ってしまうって、そりゃそう思っちゃうよねえ。
でもだからって、それならもう美しさなんて最初から放棄しちゃえばいいじゃん、そしたら美しさを理由にする相手は居なくなるよ、にならないのがリチャードで。
リチャードは、自分の容姿にあったスタイルを絶対に崩さないよね。身に着けるものもそうだし、しぐさ、ものごし、話し方、全部そう。常に美しくあることを、完璧であることを自分に課してる。それって、さらに難儀なことなんだって、たぶんリチャードも自覚はしてるんだろうけど。
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リチャードもカトリーヌも、自分が美しいから周りに人が集まってくるんだって、もう充分過ぎるくらい理解してる。そんでもって、集まってくる人たちの大半が、自分に対して美しさしか、要求してないんだってことも、嫌になるほど理解してる。
美しさしか要求してこない人たちに、私は美術品でもアクセサリーでもありませんとリチャードは憤る。それでいて、美しくあることを手放せないのは、自分の美意識もあるだろうし、そんな連中のせいでなんで自分が持って生まれたものを捨てなきゃならないんだっていう不満もあるだろうね。
でもそこには、恐怖も、たぶんあるんだ。誰もが自分に美しさを求めてくるのなら、自分が美しさを手放したとたん、すべてを失ってひとりぼっちになってしまうんじゃないだろうか、っていう。
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孤独への恐怖は、たいてい誰かへの媚びへと流れていっちゃう。でも、リチャードもカトリーヌも媚びへとは流れない。媚びへと流れない代わりに、カトリーヌは常に周囲の人たちを自分に惹きつけ続けようとし、リチャードは常に完璧であることを自分に課し続けてる。それこそ、強迫観念にように。
だから2人とも、正義が怖いんだ。
あまりにも当然のこととして、しかもいつまで経っても飽きることも慣れることもなく、リチャードのことを美しいと言い続ける正義のことが。
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あー……なんかこう、ここでも自分のことをいろいろ思い出しちゃうなあ。孤独に怯えて媚びへと流れてた自分。だけどもう媚びるのも嘘をつくのも嫌だって、何もかもブッチ切っちゃったとき。
叩かれて押さえつけられて、アンタのためだ、矯正してあげてるんだと言われ続け、でも何をどうやっても変えることができなかった自分の形を、そのまま手当たり次第に投げつけた。
私が「超ストレートの剛速球でいきなりデッドボールを投げる派」であることを自認したのはそのときからなんだけど。まあ、いわゆる「開き直り」なんだけどね。
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結果は、なんて言うか、わりと平気だったよ。てか、こんなもん? って拍子抜けするくらいだった。それが絶対的少数派であっても、ちゃんと自分を受け入れてくれる人が、世界には居るもんなんだなあ、って。
それに、孤独が怖いなんて周りが言うほどでもなかった。これは単に私がそうだっていうだけかもしれないけど。いまではむしろ、こんなに孤独に強くて大丈夫なんだろうかって自分で思ってるくらいだから。
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コツは、100%を望まないことだね。相手が誰であっても、自分の中の10%を受け入れてもらえれば、それでちゃんと付き合えるよ。だって逆に考えればわかるでしょう。自分が、自分以外の誰かを100%受け取ってしまえると思う? 誰だってたいてい、たった1人自分自身を全部受け入れるのだって苦労してると思うんだけど。
私は、10%受け入れてくれる人が10人居てくれれば、それでOK。私も誰かの10%を受け入れる。中には50%くらいまで受け入れてくれてる人も居るし、そういう人たちとの関係を全部あわせたら100%なんて軽く超えちゃうよ。それって、とっても幸せなことじゃない?
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なんかさ、正義にとって下村がそういう友だちになってくれてるよね。自分の全部をあずける必要もないし、相手の全部をあずけてもらう必要もない。ときどき思い出したように連絡して、そのときのお互いのことを他愛もなく話せればいいの。
10%の友だちって、ホントにこんな感じ。ときには20%になったり50%になったり、5%になったり。でもずっと、どれだけ時間を重ねても0%にはならない友だち。
こういう友だちはね、苦しいときにもちゃんと息ができるよう、酸素を送ってくれるんだよ。本当に、歳を取れば取るほど、こういう友だちの存在がどれだけ自分の人生を豊かにしてくれているのか、しみじみと実感するよ。
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でも、リチャードはたった1人の100%が欲しいんだよね。
こんなこと、望んでも決して手に入るものなんかじゃないって、頭脳明晰冷静沈着な凄腕宝石商のリチャードさんはちゃんと理解してる。なのに、100%でないと嫌だって可愛い甘味大王のリチャードくんが駄々こねてるんだよね。正義が自分のために作ってくれたプリン、ほかの人にあげたくないんだもん。もう絶対にあげたくないんだもん。
だから怖い。正義のことが好きで好きでたまらないのに、リチャードは正義が怖い。正義が自分のことを美しいきれいだ大好きだって言ってくれるたびに、嬉しくてたまらないのに、同時に怖くてたまらない。
カトリーヌはそれがわかってるから、正義にあんな恐ろしいことを約束させちゃったんだ。ホント、怖ぇえよ母ちゃん。いろんな意味で、怖過ぎる。
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自分を100%受け入れてくれる相手と出会えるっていうのは、夢だよね。特に、親との関係が上手くいかなかった子どもにとっては。人生に一度だけ、無条件に自分のすべてを誰かに受け入れてもらえる、その機会を与えられなかった子どもにとっては。
でもそれは、やっぱりただの夢なんだ。酷な言い方だけど、現実にはまずあり得ないことだから、私たちは物語に託すんだ。リチャードにとって正義が、正義にとってリチャードが、100%の相手であって欲しい、ってね。
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まあ、ご当人たちはいまだに「友だち」って言葉ひとつで口をむにむにさせ続け、自転車のペダルに足をぶつけまくってるっていう、なんなんだよこのもだもだ感は! 状態なんだけどねえ。
ああでも、そのくせ正義ときたら、最後にまた超ストレートの剛速球でデッドボール投げてるし。何が「お前を失いたくないんだよ」だ、ったく、うっかりにもほどがあり過ぎるだろ。動揺しまくってるリチャードも可愛過ぎるけど。
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正義のことを、ジェフリーは「(知り合いと友だち)そのどっちでもなかったらいいのになって思ってる人」って言ってたけど、リチャードにとっても間違いなくそうなんだろうね。いまだに、自分と正義との関係に「友だち」って名前をつけるだけでもだもだしちゃってるけどさ。
そうだジェフリー、バリバリ仕事してると友だちは減ることも多いっていうの、普通だから。ジェフリーの生き方の問題じゃないから。だって仕事、ビジネスの関係って、何がどうあってもお金の関係だからね。
ビジネスの場ではどれだけ仲良くなっても、いや仲良くなってしまえばしまうほど、確実に割り切れる部分を作っておかないと駄目。それをしておかないと、自分も相手もつらくなる場面が必ず出てきちゃうから。そして、確実に割り切れる部分がある相手っていうのは、友だちじゃないんだよね。
それが、普通。正義がおかしいの。あきらかに、正義のほうが。
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やっぱり正義はそこんとこ、おかしいよねえ。この調子だと、そのうちヴィンスとも10%の友だちになっちゃうんじゃないかと思っちゃう。
いや、なっちゃうんだろうな。ヴィンスがどれほどこじれまくってても。なんだかんだ言いながらも結局、ときどき連絡を取り合って麗しの上司についての軽口をたたき合う、そういう友だちに。
だって今回のこの展開、どう見てもヴィンスってば、正義のこと好きになってるよねえ。
ヴィンスはリチャードのことが好きで、好き過ぎてこじらせちゃって、いまリチャードの傍にいる正義のことをちょっと妬んでるのかなって思ってたんだけど。でもそんなとこは通り越しちゃって、ああもうこの馬鹿は放っておけない、っていう誰かさんとおんなじパターンに陥ってきてるでしょう。ちょっとツンデレが過ぎるかなとは思うけどさ。
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残る問題はオクタヴィア嬢か。なんか彼女もいろいろこじれまくってる感じだけど、どうなんだろう。次巻以降で正義との直接対決はあるんだろうか。
なんかいまや、リチャード好き好き皆さんがこぞって正義の人品を確かめにやってきてる状態だもんね。正義ってば、一度はリチャードの婚約者を名乗ってクレアモントご本家に突撃しちゃったんだから当然っちゃあ当然だけど。
やっぱ、オクタヴィアとの直接対決がありそうな気がするなあ。
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今回正義は、2人並ぶと国を3つくらい平気で傾けちゃいそうな美貌が過ぎるハイスペック母子を前に、ちゃんと「(大好きな)友だちと、そのお母さん」で対応しきったの、偉かったよね。
だからまあ、謎のオクタヴィアちゃんがどんな難癖をつけてきても、正義はブレずに頑張れるだろうと思うんだけど。なんか、戒厳令なんて不穏な状況でこの巻は終わっちゃってるけど。
とにかく次の第9集『邂逅の珊瑚』へと行きましょうか。って、ああもう紙で買っちゃったよ、もう基本的に電書しか買わない私がっ。2ヶ月も待てるワケないじゃん。
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集英社さんに言いたい。紙で買う人は電書でも買うんです。でも、電書で買う人はよっぽどのことがないと紙では買わない。そんでもって、電書が出た頃にはもう「忘れてる」可能性も結構ある。だから紙と電書は同時発売したほうが売り上げは伸びると思うので、ぜひ同時発売にしてください。お願いしますよー。
なんか今回は、どこからネタバレなのかよくわかんない内容になっちゃったな。そんでもさくっと次へいきましょう。第9集『邂逅の珊瑚』の感想はこちらからどうぞ~。
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コミック版もありまーす♪
宝石商リチャード氏の謎鑑定 1巻 (ZERO-SUMコミックス)
アニメのBlu-ray・DVDもあるよ♪
宝石商リチャード氏の謎鑑定 Blu-ray 第1巻
★『宝石商リチャード氏の謎鑑定』が好きすぎて、既刊9冊全て1冊ずつ感想を、それぞれ4000字以上書くという暴挙に飽き足らず、『宝石商リチャード氏の謎鑑定』が好きな人ならきっと好きだろうと思ったおすすめ漫画作品をまとめてしまいました(;^^)ヘ..
いずれも、なんらか特殊な事情を持つ相手を、当たり前に人として尊重し大切に付き合っていく誰かの話、っていう感じです。
こちらはBL系。でも基本的にエロなし。1巻完結が2作品と、連載が始まったばかりでまだ1巻しか出てない作品1つ。
こちらはBLじゃない系。青年漫画、ファンタジー、少女漫画と、まあ節操ナシというか。最大3巻までで、読みやすい作品ばかりだと思います。
宝石商リチャード氏の謎鑑定 夏の庭と黄金の愛 (集英社オレンジ文庫)
宝石商リチャード氏の謎鑑定公式ファンブック エトランジェの宝石箱