辻村七子/著・集英社オレンジ文庫/刊

 

くたびれた顔をしているときでさえ悲しくなるほど美しい宝石商リチャードと、へこたれている相手には暴れない大型犬になるワザを覚えた宝石商見習い(仮)中田正義の物語、第9集。

今回はもう勢いよくオクタヴィアと正義の直接対決になるかと思ってたら、持ち越しになっちゃったね。って、いきなりネタバレから書いてるけど。

ちょっと一息、っていうのも変だけど、この第9集では正義の現在地点を確認していく旅のような内容になってる。ホント、思えば遠くへ来たもんだ。

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戒厳令が発令された不穏なスリランカから、正義はニューヨーク経由で東京へ戻り、それから香港でヴィンスと会い、さらにシャウル師匠とも会い、再び日本へ戻って谷本さんと会い、そしてスリランカへ……リチャードのところへと戻った。

とりあえずメインはヴィンスだよね。こじれてるっていうか、こじらせてるっていうか。ヴィンスが抱えてる状況もかなり見えてきたし。リチャードとヴィンスの関係も、なんていうか、本当にすべてのタイミングが最悪だった、って感じかなあ。

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ああなんかでも、ヴィンスが正義に対してどれだけ複雑な感情を抱いてるのか、ちょっとわかった気がする。ヴィンスがこれはもうしょうがないんだと手放してしまったものを、正義は絶対に手放さなかった。ヴィンスは失い、正義は手に入れた。

自分で自分に折り合いをつけ、これしか方法がないと納得して手放したものだったのに、手放さなかった結果が目の前に居る。妬ましさと同時に、尊敬の念も覚えてしまうんだろうね。そして何より、してはならない後悔が自分の中でこみ上げてくる。そりゃしんどいよなあ、ヴィンス。

だからこそ、いっそうヴィンスは手放し続けることにしがみつこうとしているようで、どうにも胸が痛くなる。

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で、正義はヴィンスと会ったその足で、続けてシャウル師匠と会うんだけど。

シャウル師匠、なんかまだ謎の人物だわ。うーん、宗教ショッピングの果てに「美」を信仰するに至ったと。私はそこまで美に執着がないからかもしんない、よくわからないのは。私ゃたとえリアル・リチャードが目の前に居ても3分で慣れちゃう自信あるからなあ。

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私はね、ホンットに誰に対しても「それがどうした同じ人間だろう」としか思ってないらしいんだわ。自分の中の関係性に、上下っていう概念そのものがないらしい。あるのはただ、自分に近いか遠いかの距離感だけ。なんかもう、果てしなく平面。

いやー苦労するよ。まじで。だって、学校の先生だろうが職場のお偉いさんだろうが、同じ目線でしか見てないんだもん。年齢も肩書きも性別も、私には「ふーん」でしかない。それはもう親やきょうだいも関係ない。ひたすら真っ平らで上下のない私の中の関係性には、無条件特別枠なんてのもないから。

だからもう、すっごく嫌われるし叩かれる。なんだあの生意気で礼儀知らずなヤツは、って。相手に対し自分を貶めてみせることが尊敬って行為だなんて考えてるような人たちからは、特に。マウンティングしかけられても、何日か経ってから、もしかしてアレってそうだった? ってうっすら気がつくレベルだしねえ。正義を笑えない。

でも逆に、リチャードみたいに自分が人間扱いされないことに憤ってるような人とは、たいていすぐ仲良くなれるよ。私は、人間扱いしかできないから。

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私は、宗教っていうのは「すがりつけるもの」だっていう認識をしてる。人が1人で立っていられないときに、すがりついてなんとか立ち上がるためにあるもの、っていう感じで。

シャウル師匠は、宗教は目だって言う。世界を見渡すための窓ではなく、目そのものだって。自分の身体の一部であり、誰にも奪えないし奪わせたくないもの、っていう感じだろうか。

いまのこの日本に生まれ育ったにしては、私はかなり「持ちもの」が少ないほうだと思う。それでも、それが心情として理解できるほどまで、何もかもをそぎ落とされたことがないっていうことなんだろう。

でも、自分に問い続ければそこへたどり着けるのかもしれない。自分が、何によって自分であるのかと、問い続ければ。シャウル師匠にとってはそれが「美」だったんだろうなあ。

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正義も考え込んでたけど、いまのこの日本で生まれ育った者とすれば、やっぱりそこまでそぎ落とされたことがない、そぎ落とされるっていう感覚すらない、っていうのが普通なんだろうね。貧困に陥っても、モノだけはあるし。

だからたいていの場合、手近な誰かや何かにすがりついちゃう。推しに貢ぎまくるのだって、宗教だし信仰活動だよね。布教だってしちゃうし。私はそれを悪いことだとは思わない。人にとって必要なものだと思うから。

ただ、その行為を通じて自分自身を問い続けている人は、あまり居ないんじゃないかなと思う。問わなければ答えは得られない。答えなんかいらない、ただ求め続けていられればいい、すがりついていられさえすればいい、っていう人も居るかもしれない。

だけど正義は、ここから問うだろうね。問い続けるだろうね。「美」が、本当に自分にとっての答えなのかって。その問いのアンカーになる、ラナシンハって名前ももらっちゃったし。ふふふふ、やるなあ、シャウル師匠。

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正義は今回の旅の仕上げのような形で、ずっと恋をしていた谷本さんに会うんだけど、谷本さんってばまたもやスーパーグッジョブをしてくれた気がする。

どうする正義、もう言い訳ができなくなっちゃったよ? 谷本さんの結婚を阻止しちゃった以上自分も結婚はしない、っていう言い訳が。

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ずっと不思議だったんだよね。あんなに谷本さんのことが好きだ好きだって言って恋に浮かれまくってたのに、正義にはそこから先がなかった。彼女に告白したとして、じゃあそこから彼女とどう付き合っていくのかっていう、具体的なイメージが正義にはまるでないのが、どうにも不思議だった。

でも『転生のタンザナイト』を経て、正義がいったい何を怖がっているのかがわかったから、今回の谷本さんの指摘が「言い訳」なんだって、すぐわかっちゃった。

正義は彼女の結婚を阻止してしまったことに責任を感じる以上に、たぶんホッとしてたんじゃないかな。自分は結婚しないって思うとき、これほどいい言い訳ってほかにないもん。

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正義は、自分の「血」が怖いんだ。何をどう取り繕っても、自分があんなカスみたいな男の血を引いてることは紛れもない事実だから。

自分も結婚して家庭を持ち、子どもを持ったとき……殴るかもしれない。その恐怖が、正義の心の奥底にへばりついている。

だから、正義は無意識のうちにずっと逃げてたんだよね。そこから先を考えることから。誰かを好きになっても、その人と一緒に暮らし、一緒に人生を歩いて行くっていうことについて、考えることから。

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でも、それだからこそ、リチャードだったのかー! と、ものすごく納得した。

正義にとってリチャードは、そういう関係になることが絶対にあり得ない相手、だったんだ。虐げられた子どもがたいていそうであるように自己評価が極端に低い正義からしてみれば、こんな見た目も中身も完璧な、それも男が、俺なんかにどうこうするわけがない、っていう。

そりゃーもう、宝飾店のブライダルフェアにリチャードと出かけちゃって、店員さんから満面の笑みで誤解されまくってても、正義本人だけはまったくわかっていなかったっていううっかりぶりは、その絶対にあり得ないっていう思い込みからきてたわけだ。

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ホントに幸か不幸か、正義は自分の血を恐れて無意識のうちにかけていたブレーキを、リチャードに対してだけはかけなかった。かける必要なんかないと思い込んでたから。

だからもう、きれいだ美しいお前は最高だって言いまくって、好きだ好きだとばかりに剥き出しの感情を垂れ流しまくった。正義が自分にブレーキをかけ続けて、誰にも言えずに溜め込みまくってたいちばん純粋でいちばん素直な気持ちを、リチャードだけには投げつけまくっちゃったんだ。

これもまあ「うっかり」だよねえ。いやーそんなこと絶対にあり得ないから、って正義は自分で自分に油断してたんだもん。そしたらどういうわけか、自分が投げた以上のものがリチャードから返ってきちゃったっていう。

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その親密なキャッチボールが、いつの間にか2人にとってもうどうしようもなく当たり前のことになってしまってたっていう事実に、今回ようやく正義も気がついちゃったんだよね。

リチャードが正義の作ってくれたプリンを誰にもあげたくないと思ってるのと同じように、正義もリチャードのために作ったプリンを誰にもあげて欲しくないって思ってるんだって事実に、正義自身もようやく気がついちゃったんだ。

自分自身にとっての本当の答えを、問い続けようね、正義。

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まあ、今回はリチャードもそうとう弱ってたからねえ。なんかもう、農業用水とインダス川のあたりでリチャードのうろたえっぷりの素晴らしさに、思わず笑っちゃったけど。

リチャードは見た目も中身も整いすぎて、なんでもできる人や完璧な人っていうのをすぐ装えちゃうから、たいていの人はそれにだまされちゃう。

でも、正義はわかってるでしょう、リチャードの実に微妙な甘え方を。「左様でございますか」って言うときの、一瞬の目の動きを。だから、もうちょっと大っぴらに甘えても大丈夫だよ。別に、著しく慚愧の念に堪えていなくても。いや、人前で正義に自分のタキシード姿を褒めろって要求するのはどうかと思うけど。

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なんかこう、結果的に、あくまで結果的になんだけど、リチャードはヴィンスとの関係のつまずきがあったから、正義の投げてくるデッドボールもちゃんと受け取って投げ返せるようになったってことなんだよね。

すっかり損な役回りになっちゃったよね、ヴィンス。なんだかもう、自分は結局そういう役回りしかできない人間なんだって、自分で自分を鼻で笑い、してはいけない後悔を振り切るためにすべてを手放し続けようとするヴィンスが痛ましすぎる。うん、ジェフリーもかなり痛いんだけどさ。

次巻でどうやら正義はオクタヴィアと直接対決になるみたいだけど、どうなるんだろう。オクタヴィアが何をこじらせてるのかまだわかんないけど、ホント、とりあえずヴィンスには報いてあげて欲しいわー。

 

第2部完結編『久遠の琥珀』を読む前に、ぜひこちらをどうぞ。WEBコバルトで発表された短編『龍の季節』の感想です。記事内にWEBコバルトへのリンクも貼ってあるので、未読のかたはそちらからご一読を♪

【小説感想】宝石商リチャード氏の謎鑑定 龍の季節

そんでもって第2部完結編『久遠の琥珀』の感想はこちらから。

【小説感想】宝石商リチャード氏の謎鑑定 久遠の琥珀

シリーズ既刊感想一覧

コミック版もありまーす♪

宝石商リチャード氏の謎鑑定 1巻 (ZERO-SUMコミックス)

アニメのBlu-ray・DVDもあるよ♪

宝石商リチャード氏の謎鑑定 Blu-ray 第1巻

ドラマCDにはアニメ未収録のお話が入っている巻もあるようです。

【Amazon.co.jp限定】宝石商リチャード氏の謎鑑定ドラマCD 第1巻「追憶のダイヤモンド」(特典:オリジナルメガジャケット)

 

★『宝石商リチャード氏の謎鑑定』が好きすぎて、既刊10冊全て1冊ずつ感想を、それぞれ4000字以上書くという暴挙に飽き足らず、『宝石商リチャード氏の謎鑑定』が好きな人ならきっと好きだろうと思ったおすすめ漫画作品をまとめてしまいました(;^^)ヘ..

いずれも、なんらか特殊な事情を持つ相手を、当たり前に人として尊重し大切に付き合っていく誰かの話、っていう感じです。

『宝石商リチャード氏の謎鑑定』が好きな人におすすめの漫画①


こちらはBL系。でも基本的にエロなし。1巻完結が2作品と、連載が始まったばかりでまだ1巻しか出てない作品1つ。

『宝石商リチャード氏の謎鑑定』が好きな人におすすめの漫画②


こちらはBLじゃない系。青年漫画、ファンタジー、少女漫画と、まあ節操ナシというか。最大3巻までで、読みやすい作品ばかりだと思います。


宝石商リチャード氏の謎鑑定 邂逅の珊瑚 (集英社オレンジ文庫)


宝石商リチャード氏の謎鑑定公式ファンブック エトランジェの宝石箱

 

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