小野不由美/著・新潮社新潮文庫/刊

 

18年振りに続編が出版されることで話題になってる『十二国記』。始まりの『十二国記』みたいな物語である『魔性の子』が発売されたのが1991年だから、シリーズとしては30年近く続いてるわけかあ。

アニメ化もしたし、一時はかなり盛り上がってた作品なんだけど、これだけ間が開いちゃうと多くのワカモノは読んだこともなければ、どういう作品なのかも知らないんだろうな、と思ってしまう。

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ものすごーく大雑把に言ってしまうと、異世界転生モノなんだけどね、この『月の影 影の海』は。でも、一世を風靡したなろう系の異世界転生モノとは一線を画してると考えたほうがいいと思う。

まあ、主人公が異世界に移ってそこでなんらかの役割を果たす、っていう物語自体は大昔からある王道ファンタジーなんだけど、この『十二国記』は本当に壮大で、ほかにはない独特な世界観に圧倒されちゃうよ。

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それなのに、最初にまったくなんの説明もないんだよ。主人公の女子高生・中嶋陽子が、ある日突然異世界に連れて行かれちゃうんだけど、そこがどういう世界なのか、なぜ彼女がそこへ連れて行かれちゃったのか、とにかくまったく説明がない。

流行りの異世界転生モノだとエルフだのオークだの勇者だのが出てきて、ああこういう世界設定なのねみたいなのがある程度わかるんだけど、そういうのも全然ないから。

なんかもう読んでいても、主人公の陽子と同じく何が起きてるのかさっぱりわからないまま、その世界にあふれてる悪意に振り回されまくるだけ。とにかくもう、その世界がどれだけすさんでいて貧しいのかだけが延々と描かれ、陽子は逃げ惑うばかりなんだよね。それがこの物語の序盤だという。

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自分を迎えにきたと言ってた者たちは行方知れずで、いきなり右も左もわからない異世界にたった1人で放り込まれ、しかも自分に向けられるのは悪意ばかり。おまけに妖魔なんてバケモノに意図的に付け狙われて襲われまくる。そりゃーもう陽子ちゃんってば、やさぐれるやさぐれる。

30年近く前の作品だといっても、当時も女子高生なんてのは大差なくて、陽子は親や先生やクラスメイトの顔色をうかがい、空気を読んでおどおどと暮らしてたんだよね。それがもうやさぐれまくっちゃって、ただもう生き延びるためにギラギラしてくるわけだ。

周りはみんな敵とばかりに最早誰も信用せず、自分を迎えにきたというケイキに与えられた剣だけを頼りにすっかり武闘派になっちゃった陽子が、それでもついに力尽きて倒れたとき、彼女の前に現れるのが楽俊なんだよね。この楽俊の登場で、物語は一変しちゃうんだ。

で、楽俊の登場からが下巻になるんだけど。

いやーもう『十二国記』ファンで楽俊が好きじゃない人なんて、いないんじゃないかと思う。きゅうと鳴いてしおしおとひげを垂らしちゃう、とってもキュートなねずみさんなんだよ、楽俊は。

この十二国の世界には、半獣と呼ばれる人たちがいて、彼らは人の姿と獣の姿の両方を持ってるんだわ。獣にもいろいろあるんだけど、楽俊はねずみ。半分は人だからあのちっちゃなねずみじゃなくて、子どもの背丈くらいはあるんだけど。そんでしっぽにもふかふかの灰茶の毛並みがあるんだけど。

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楽俊は、力尽きて泥水の中に倒れ込んでいた陽子を拾っちゃうの。自分の家に連れて行き、看病して面倒をみてあげる。そして陽子にこの世界についていろいろ教えてあげて、さらにあちらの世界から流されてきた陽子が安全に暮らせるはずだという雁国へ、一緒に行こうって言ってくれる。

でも、やさぐれまくってすさみまくってる陽子は、楽俊のことを信用しない。絶対何か下心があっていずれ自分を裏切り、踏みつけにされるだけだと思ってる。

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警戒を解かない陽子に、楽俊は正直に言う。半獣に生まれた自分はこの巧国では一生一人前扱いしてもらえず、学校で学ぶことも働くことすらもままならない。でも、半獣でもちゃんと学校に通って仕事を得ることができる国があることも知っているから、陽子と一緒に行けば何か仕事にもありつけるかもしれないと思ってる、って。

それでも陽子はまだ、楽俊を信じ切れない。信じ切れないけれど、悪意を持った人たちが自分を利用しようとしたように自分も楽俊を利用すればいいんだと、自分を納得させる。そして楽俊と旅を始め、その道中で妖魔に襲われちゃうんだ。

妖魔に襲われて楽俊と生き別れになって初めて、陽子は自分がどれほど恐ろしい状態に陥っていたかを思い知っちゃう。だって、あんなに親切にしてくれた楽俊の「息の根を止めに戻るべきでは」と思ってしまったから。

思った瞬間に、陽子はその恐ろしさに気がつき、自分の心がどれほどすさみ切っていたか、自分がどれほど醜い生きものになっていたのかを自覚するんだよ。

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楽俊は、陽子が警戒を解かず決して心を開こうとしなかったのに、そんなことまったく関係なく親切にしてくれた。楽俊は、陽子が自分を信用してないのも承知してたはずなのに、やっぱりそんなことに関係なく陽子を信じてくれていた。

人から悪意を向けられたからといって、自分も悪意を向けて卑怯にふるまう理由にはならない。自分が人を信じることと、人が自分を裏切ることにはなんの関係もない。世界も他人も関係ない。

陽子は、自分自身に恥じることなく胸を張って生きていけるほど強くなりたいと、そうならなければと、ここで思い切るんだよね。

まさに、これこそがこの『十二国記』の根幹に流れるテーマだと思う。人は皆、どんなときも誇りを失わず堂々と強く生きる自分自身の「王」であれ、と。

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そしてこっからは思いっきりネタバレね。

雁国で楽俊と再会した陽子は、自分が十二国のうちのひとつである慶国の王であると知らされる。ようやく、ようやくここで判明するわけだ、陽子がなんでこの異世界に召喚されちゃったのかが。

そりゃーもう、17歳の女子高生がいきなり一国の王さまっていったいなんなの状態。でも、雁国の王である延王尚隆も、五百年前にそうやってこちらに連れてこられ、そのまんま雁国の王位に就いて五百年も国を治めてるっていうんだから。ちなみに王になれば不老になっちゃうし、よっぽどのことがないと死なない。

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この世界の王はその出自にまったく関係なく、天帝が勝手に選ぶのね。てか、そもそも人の出自って木の実だよ。この世界では、赤ん坊は木に生るんだよ。人の子だけでなく、鳥も獣も魚も植物も全部、特定の木に生るっていうね。すごいでしょ、血族の完全否定世界だよ。

そんでもって、天帝が誰を王に選んだかは、麒麟だけが知ってるの。この麒麟の存在が、この『十二国記』のキーにもなってるんだけどね。陽子を迎えに来たケイキも慶国の麒麟、景麒だったわけなんだけど。もちろん首の長いあのキリンじゃなくて、ビールのラベルに描かれてるような霊獣の麒麟ね。

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なんかもう、この『月の影 影の海』っていう作品は、シリーズでで描かれる十二国の世界の、基本情報を読者に知らしめること自体を目的に書かれたんじゃないかって感じがしないでもない。それくらい独特で壮大なんだわ。

十二の国と、国を治める十二人の王と、王を補佐する十二頭の麒麟。王が道を誤れば、つまり悪い王さまになっちゃって民を虐げたりしちゃえば、麒麟が病んで死に至る。そして麒麟を失った王も死ぬ。王は自分が死なないためには、いい王さまであり続けるしかない。いい王さまであり続ければ、何百年でも治世は続く。

雁国が五百年も続いているのは、延王尚隆がなんだかんだ言っても「いい王さま」だから。そして、陽子が流れ着いて楽俊と出会った巧国があれほど貧しくまた人々がすさんでいたのは、塙王が道を誤ってしまっていたから。

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麒麟にあなたが王だと言われて跪かれちゃったら、跪かれたほうには拒否権はない。だから、陽子にはすでに景王になる以外の選択肢がない。自分が王さまになんかなりたくないって言って逃げちゃったら、慶っていう一国が滅ぶ。それくらい、この世界での王の存在っていうのは絶対的なんだよね。

って、そんな絶対的な存在になることを、異世界の女子高生に丸投げするってどういうことよ、なんだけどねえ。それでもやさぐれてすさみ切って、1人で生き延びるためにあがき続けた末に自分自身の王であれと気がついたからこそ、陽子は王にふさわしい。

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そこまでの過程を、ホントになんの説明もなく読者を引っ張り回しながら進んでいってくれちゃう物語なんだ、この『月の影 影の海』って。だから読み終えたときには、もうすっかり十二国のこの世界にどっぷり浸かっちゃってること請け合い。

そしてどっぷり浸かっちゃったら、次のお話も読みたくなること請け合い。慶国の王になった陽子の話もまだ続くし、それにほかの国の王と麒麟の話がどんどん続いていくからね。

この『月の影 影の海』の次にくるのが『風の海 迷宮の岸』なんだけど、実はこっちが大本命じゃないかっていう内容。18年振りに出版される新作『白銀の墟 玄の月』も、言ってみれば『風の海 迷宮の岸』の完結編になるはずだから。

ホント、この『月の影 影の海』の上巻は陽子が悪意にさらされまくってやさぐれまくるっていう、すっごくしんどい内容なんだけど、そこを越えないとこの十二国シリーズの醍醐味は味わえないと思う。だからそこんとこ、頑張って多くの人に読んで欲しいと切に願っております。


シリーズ既刊感想一覧


月の影 影の海 (上) 十二国記 1 (新潮文庫)


月の影 影の海 (下) 十二国記 1 (新潮文庫)

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