小野不由美/著・新潮社新潮文庫/刊

 

最初に言っておきましょう。十二国記シリーズを初めて読む人は、この『風の海 迷宮の岸』と『黄昏の岸 暁の天』『魔性の子』という3作は最低限読むべきですよー。そうすれば、18年振りに出版される新作『白銀の墟 玄の月』にもさくっと入っていける(はず)ですからねー。

十二国記シリーズって、新潮文庫版では9作品11冊の既刊があるんだけど、この『風の海 迷宮の岸』に出てくる戴国の王と麒麟は、このシリーズの中で一番太い幹だと思うのよ。作者の小野不由美先生にとって、この『風の海 迷宮の岸』の主人公である泰麒、つまり戴国の麒麟である高里要くんが、この長い十二国の物語の、最初の登場人物だったんだろうなって思うし。

現行の新潮文庫版では『魔性の子』がシリーズ0番目の作品で、この『風の海 迷宮の岸』が2番目、『黄昏の岸 暁の天』が8番目になってるけど、たぶん『風の海 迷宮の岸』→『黄昏の岸 暁の天』→『魔性の子』っていう順番で読んだほうがわかりやすいと思う。

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さて、麒麟。この麒麟っていう生きものが、この十二国記の文字通り「要」なんだけどね。ふだんは人の姿をしているけど、本性は霊獣。天の意を受けて王を選び、そして選んだ王を補佐する役目を負って生まれてくる。

この十二国の世界では人の子も木に生るんだけど、つまり木の実が割れて中から赤ん坊が出てくるんだけど、麒麟も十二国の中心にある天とつながった場所で木に生る。木に生った麒麟の果実が熟すると、麒麟として生まれるわけ。

ところがその木の実は、蝕という嵐のような天変によって、こちらの世界に流されてしまうことがあるのね。こちらの、いま我々が暮らしているこの世界に。泰麒も木の実の状態(卵果という)のときに流され、こちらの世界で人の子として生まれちゃった。

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前作の『月の影 影の海』で登場した中嶋陽子も、同じように木に生っている卵果の状態でこちらの世界に流され人の子として生まれたんだけど、彼女は本性も人。だから王として選ばれなければ、彼女は違和感を覚えたままこちらの世界で一生を過ごすことになってたんだと思う。

でも麒麟はちょっと違う。なにしろ、本性が霊獣だから、人として生きるにはいろいろ不都合があるんだよね。こちらの世界で人の子として生まれても、人としては長く生きられない。

泰麒は、こちらの世界に流されてから10年後に十二国の世界へ戻ったわけだけど、麒麟としては結構きわどい期間だったみたい。ちなみに、麒麟は十二の国にそれぞれ1頭だけで、もしその国の麒麟が亡くなれば、すぐに次の卵果が木に生る。

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で、さすがに10年もこちらの世界で人の子として育ってしまっていると、いくら麒麟だとはいえ十二国の世界のほうが異世界になっちゃってるわけで。

だけど、本来人ではないものが人の子として、こちらの「普通」の家庭で育てられちゃったらどうなるか。そりゃあもう「なんでみんなと同じにできないの!」を、浴びせかけられまくっちゃうわけだ。

おかげで泰麒は、自己肯定力が極端に低くなっちゃった。自分はお母さんやおばあちゃんを困らせる悪い子なんだと思い込んで育ってしまってるので、自尊意識も極端に薄い。泰麒自身は、とても素直で人なつこい性格なのにね。

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ある日突然異世界に連れてこられ、あなたは人ではない、麒麟です、と周りから言われても、10歳の子にどこまで理解できるものなのか。妖魔を僕として従え、麒麟という獣に転変し、そして王を選び王を支える。いや、言われても何がなんだかわかんないでしょ、10歳の子どもでなくても。

理解できないものを、言われた通りにやってみせろと要求されても、そりゃあできなくて当然。なのに、自分を「悪い子」だと思い込まされて育っちゃった泰麒は、できない自分にますます傷ついてしまう。

だけど周りは麒麟なんだから普通にできるはずと思っていて、しかも麒麟がなぜそんなことができるのかは麒麟自身もわからないのだから、誰にも教えようがない。いや、慶国の麒麟である景麒が、教えようとはしてくれたんだけどね。

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泰麒はわからないまま、そしてできないまま、それでも王を選ぶそのときは容赦なくやってくる。果たして泰麒は戴国の王を無事に選べるのか、っていうのがこの『風の海 迷宮の岸』の内容。

いやもう泰麒がね、できない自分にすごくすごく傷ついてて、なんとか周りの人たちの期待に応えようと、自分なりに一生懸命考えて頑張る泰麒がね、本当に健気で切ないのよ。

あちらの世界の人たちは、麒麟なのにどうして泰麒は麒麟らしく振る舞えないんだろうと不思議に思っちゃうんだけど、少しでも「普通にできない自分」に傷ついたことがある読者なら、泰麒の気持ちも何に迷い何に悩んでいるのかも、ものすごーくよくわかっちゃうんだよね。

それでも、できない自分に傷ついている泰麒に卑しさがなく、周りの人たちの期待に応えたいと思っていても媚びやいやらしさがないっていうのは、ある意味すごいと思う。本当に素直で可愛らしくて憎めない子なんだよね、泰麒って。

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こちらの世界で人の子として生まれ育ってしまった泰麒が、麒麟としての自分自身に出会い、そして王を選び王とともに自分の国で自分の役目に就く。この『風の海 迷宮の岸』はそこまでが描かれてる。

さあ、これから泰麒は泰王とともに新しい国を造っていくんだ……と、いくはずが、そういかなかった、ということを我々読者は『黄昏の岸 暁の天』で知らされちまうのです。

戴国でいったい何が起きたのか。そして泰王驍宗はいったいどうなってしまったのか。そのとき泰麒がいったいどうなっていたのかについては『魔性の子』で語られるんだけど、その後についてはようやく、ホンットーに18年待ってようやく、新作『白銀の墟 玄の月』で続きが読めるっていうわけですよー。

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私が持ってる講談社ホワイトハート文庫版には小野不由美先生のあとがきが付いてて、そこには「一応シリーズのつもりで、オチも用意してあります」って書いてあるんだけどね(最初は十二国記なんて名前もなくシリーズ化もしていなかった)。

この『風の海 迷宮の岸』が出版されたのが1993年だから、そのオチが読めるようになるまで26年もかかるとは、小野不由美先生ご本人も思っていらっしゃらなかったに違いない。

さあいまのうちに、十二国記ファンは既刊を読み返して復習しましょう。まだ十二国記を読んだことがないという人は、とりあえず『風の海 迷宮の岸』『黄昏の岸 暁の天』『魔性の子』の3作品を読みましょう。思いっきりハマれること請け合いですぜっ。


シリーズ既刊感想一覧


風の海 迷宮の岸 十二国記 2 (新潮文庫)

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