小野不由美/著・新潮社新潮文庫/刊

 

最初に思いっきり言っちゃうけどね、この『白銀の墟 玄の月』って、十二国記シリーズ完結編じゃないよね? 違うよね? なんか全然足りないよね? 戴国編は一応の収まりをみせたけど、謎はいっぱい残ってるよね?

これも最初に思いっきりネタバレしちゃうけど、この『白銀の墟 玄の月』自体は私が望んでいた形で終わった……と思っていいのかすら、よくわかんない。だって本編最後の一文が「――じきに来る戦乱の予徴など欠片もなく。」だよ? これって、驍宗さまが江州から鴻基へ登り阿選を討つまでの戦乱……を、指してるって思っていいの?

=*=*=*=*=*=*=*=*=*=*=*=*=*=*=*=*=*=

本編が終わったあとに記載してある『戴史乍書』では、泰麒が転変して驍宗さまとともに江州へ脱出したのが6月、そして鴻基の阿選を討ったのが10月になってる。で、本編最後の一文が書かれているその時期はというと、どうやら夏。「輝かしい夏のさなかだ」って書いてある。

泰麒は1巻でこの十二国と蓬莱とでは暦に1ヶ月程度ズレがあるって言ってたけど、それでも驍宗さまが阿選の誅伐を行っていたのはおそらく夏から冬の初めにかけて、ってことだよね? 実際、夏である本編最終章には「江州漕溝城に王が入った。まだ鴻基に戻るには至らないが」と書いてある。さらに、王が玉座に戻ればきっと暮らしはもっとよくなる、「……けれども戦がある」と書いてある。

ここで書かれる「戦」については、王が玉座を取り戻すための戦、ってことで間違いないと思うんだけど、じゃあなんで最後の最後に「――じきに来る戦乱の予徴など欠片もなく。」なんて書いてあるの? 行方不明だった王がついに帰ってきた、でもまだ玉座には戻れていない、だから玉座に戻るための戦がこれから始まる……なんてことは、民はみんなわかってるよね?

=*=*=*=*=*=*=*=*=*=*=*=*=*=*=*=*=*=

だって泰麒があんなに頑張って、周囲を欺き策略を巡らして王宮の中で戦い続け、本当に本当に我が身を捨てて麒麟の本性に逆らい続けてまで求めた本当の王、驍宗さまがついに帰ってきたんだよ?

麒麟って、王でないものに額ずいちゃうと血の涙を流すんだ。それだけじゃない、泰麒は刃を振るい自らの手を血で染めてしまった。血の臭いを嗅いだだけで不調をきたす麒麟が、その怨詛で自らが病んでしまうとわかっていただろうに。文字通り命がけだよ。最終章には角が戻った、指令も戻ったって書いてあるけど、将来に亘って御不調が残りそうだ、とも書いてある。

そこまでしてようやく、本当にようやくまた、泰麒は驍宗さまのお側に侍ることができるようになったのに。

まーだーー何かあるのかよーーーーー?!

=*=*=*=*=*=*=*=*=*=*=*=*=*=*=*=*=*=

だいたい、本編の内容にも消化不良部分がいろいろあるよね? 最大の消化不良は琅燦だ。泰麒は、琅燦は敵ではないですって言ってたけど、味方でもなかったよね? いや、泰麒の身辺警護をしてた耶利を遣わしたのもどうやら琅燦だったようだし、情報を石林観へ流していた玄管もたぶん琅燦だと思うんだけど。それに、朝廷の官たちが口にする泰麒への疑問を打ち消すようなことを、琅燦がいろいろ言ってたりもしたけれども。

じゃあなんで、琅燦は阿選をそそのかしたの?

ずっとライバルだと思ってた驍宗さまがあっさり王になっちゃって、自分でもびっくりするくらいショックを受けてる阿選が、それでもなんとか自分の気持ちに折り合いをつけようとしてたのに、琅燦は言うんだ。あんたが先に昇山して先に泰麒に会ってたら、泰麒はあんたを王に選んでたかもしれないよ? って。薄ら笑いを浮かべながら。

=*=*=*=*=*=*=*=*=*=*=*=*=*=*=*=*=*=

それだけじゃない、琅燦は具体的な方法まで阿選に助言してる。3巻十六章に書いてあるもの。泰麒の指令を引き剥がしてから斬って封じろ、王も幽閉しろって、ものすごく具体的な助言を、琅燦が熱心にしてきたって。そうすれば、阿選は簒奪者にならずに玉座に着けるから、って。

さらには阿選のために大量の妖魔を用立てたのも琅燦だ。都合の悪い相手の魂を抜くための妖魔も、驍宗さまを生きたまま閉じ込めるための落盤を起こせる妖魔も、おそらく全部琅燦が用意して、しかもその使い方まで阿選に伝授してる。

それでいて琅燦は阿選に面と向かって、器の小さい男だの男の嫉妬は怖いだのとディスりまくる。あんたなんか驍宗さまの足元にも及ばないよとばかりに、阿選を鼻で笑う。驍宗さまを尊敬しているのは本当だろうけど、琅燦は明言する。「興味には勝てない。私はこの世界と王の関係に興味があるんだ。」と。

これってさ、要するに、天に問いたがっていたのは、阿選じゃなくて琅燦だったってこと?

=*=*=*=*=*=*=*=*=*=*=*=*=*=*=*=*=*=

私は『黄昏の岸 暁の天』の感想の中で、阿選は天に何かを問うためにこんなことをしでかしたんじゃないかって書いたけど、とりあえず阿選の動機は違ったみたい。ごく個人的な、でも阿選としては自分自身の存在そのものに係わることへの恐怖、だったのかなって理解した。

だってねえ、ずっと自分と並び立ち続けてきた相手が、もう二度と並び立つことができない場所へ行ってしまったんだから。自分はもうその足元に膝を突くしかない。阿選はそこに妬みは感じなかったって言ってるけど、たぶん本当にそうなんだろう。

阿選が抱いたのはある意味、激しい喪失感……自分の在り方を常に映し出してくれる鏡を失ってしまったっていう喪失感だったんじゃないだろうか。その上で、鏡を失うことで自分の姿を見失ってしまうっていう恐怖を、阿選は抱いてしまったんじゃないだろうか。

=*=*=*=*=*=*=*=*=*=*=*=*=*=*=*=*=*=

たぶん阿選は本人も自覚できないまま、いつからかはわからないけど、驍宗さまっていう鏡を見ることで自分を認識しちゃってたんだ。こうあるべきっていう自分の姿を、驍宗さまを基準に考えるようになっちゃってた。それこそ、アイツがそうするなら俺はこうしよう、っていう感じで。

アイツが頑張ってるから俺も頑張ろう、って思うこと自体は全然悪くないと思う。けれどそればかりしていると、自分で自分を相対的にしか認識できなくなっていく。常に誰かと比べていないと、自分という人間の姿が見えなくなっていっちゃう。

阿選は良くも悪くも驍宗さまを意識してきた。周囲から比べられることは本意ではないと思いつつも、周囲はそれを期待する。いつの間にか阿選にとってもそれが当たり前になってしまって、驍宗さまと相対する自分の姿こそが、いわばアイデンティティーになっちゃってたんだろうね。

=*=*=*=*=*=*=*=*=*=*=*=*=*=*=*=*=*=

驍宗さまとの間に絶対覆らない上下関係が固定されてしまったことで、阿選はそれを自覚した。それまでもいくらかは感じ取っていたようだけど、実際にそうなってみて、驍宗さまが並び立っていてくれなければ最早自分の在り方すらわからなくなってしまっていることに気がつき、おそらく愕然としちゃったんだろう。

そこから生じる恐怖、不安、焦り。すでに上下は決定してしまった、自分はもう膝を折るしかないんだと思おうとしても、周囲はそれを許さない。自分を純粋に慕ってくれる麾下は、それでもやはり阿選さまのほうが上だなんて当然のように比べてくれちゃう。

さらに、驍宗さまはあっけないまでに玉座へとのぼり、すさまじい勢いで王の道を進んでいく。阿選にしてみればそれは、自分はこんなにもショックを受けて混乱してるのにアイツはそんなことこれっぽっちも感じてない、要するに自分は最初から相手にされてなかったんだっていう、決定打になってしまった。

絶望的なまでの敗北感と屈辱感、自分自身に対する身の置きどころもないほどの羞恥。鏡を必要としてきた阿選がその感情を、驍宗さまへの怨みや憎しみに移し替えるのなんて簡単だ。そこへ琅燦が告げる。もしかしたら、あんたのほうが王だったかもしれないよ、と。

そして阿選は、本当に踏み出してしまったんだ。

=*=*=*=*=*=*=*=*=*=*=*=*=*=*=*=*=*=

でも残念ながら、って言っていいのかどうかわからないけど、阿選は頭がよかった。義を重んじ情を解する心もあった。多くの麾下から純粋に慕われるほどに。だから、自分がどんなに愚かなことをしてしまったのか、すぐに気がついちゃった。こんなことをしても、所詮自分が王として並び立つことなんかできない。それがわかってしまったから、早々に政を放り投げちゃった。

だけど、やってしまった以上は引くに引けない。もう、なるようになればいい。自分の所業から目を背け、言い訳することすら疎ましく、引きこもっていた阿選の前に、成長した泰麒が戻ってきた。そしてこんな愚か者の自分が新しい王だなどと言いだした。自分が王の器ではないことなど、とっくに自分で気がついてしまっていたというのに。

=*=*=*=*=*=*=*=*=*=*=*=*=*=*=*=*=*=

慈悲の獣である麒麟にはおよそ似つかわしくない策謀をもって、泰麒は周囲を欺き続ける。泰麒は必死だった。本物の王である驍宗さまを取り戻すために、泰麒は自ら罪へと踏み込んでいくことすら厭わない。

だからこそ、阿選はどうにか目を背けていた自分の愚かさを突きつけられ、自分がまがいものでしかないという事実を突きつけられることになっちゃったんだよね、本当に皮肉なことに。

そして阿選は、麒麟としての本性から背き王でもない自分に命がけで額ずいてみせた泰麒の姿に、とうとう最後の一歩を踏み出してしまった。王ではない自分を認めたくないからこそ、自分の愚かさに身を投げてしまったんだ。

自分を心から慕ってくれる麾下の魂を抜いてただの道具にしてしまったとき、阿選自身もまた自分の魂というか良心を抜いてしまったんだよね。そこから一気に転がり堕ちていく阿選の姿は、本当に圧巻だった。

 

だから私は、阿選がなんでこんなことをやらかしたのかについては、ちゃんと納得できたの。でもね、琅燦のしてきたことには納得できてない。ただひとつ、琅燦は黄朱だから王や麒麟を特別視していない、っていう点についてだけは納得っていうか、理解したんだけどさ。

この十二国の世界は、王と麒麟が据えられた十二の国々によって形作られている。でもたったひとつ、王も麒麟も存在しない国がある。黄海だ。黄朱とは、その黄海で生まれ育った人々のことだ。

=*=*=*=*=*=*=*=*=*=*=*=*=*=*=*=*=*=

この世界では、人の出生は天に管理されている。人が木に生るっていうのは、そういうこと。その国に戸籍を持ち正式に結婚している男女の間にしか、子は授からない。しかも国が管理する里木という特別な木にしか、人の子は生らない。それ以外に子孫を増やす方法がないのだから、王と麒麟が据えられ天が定めた国という組織に正式に所属していない限り、人々の営みは続かない……というのがこの世界の摂理だ。

ところが、その摂理から外れた場所がある。黄海にはその地を統べる王も麒麟もいない。けれど、実は里木があり、願えば子を授かることができる。この世界の中心に位置する島である黄海に、十二の国いずれにも所属しない集落が……人の子を生せる天の摂理が例外的に存在していることを知る者は、もちろん限られている。これについては、シリーズ6番目の作品となっている『図南の翼』に描かれている。

人の営みを続けていくために王と麒麟を必要とする十二の国々に生まれた人たちは、世界の中心にある黄海に入り、妖魔が跋扈するその地を1ヶ月以上かけ文字通り命がけで通り抜け、麒麟の住まう蓬山へと向かう。その通過儀礼とでもいうべき「昇山」という行為を経た人々の中から王は選ばれる……というのが、天が定めた正当な王の選定方法だ。驍宗さまがそうだったようにね。

=*=*=*=*=*=*=*=*=*=*=*=*=*=*=*=*=*=

『図南の翼』では、恭国供王がその昇山を経て践祚されるまでが描かれているわけだけど、同時に王も麒麟も必要としない国である黄朱の里についても描かれてる。なぜ王も麒麟もいない妖魔だらけの黄海に、人の子が生る里木があるのか。この辺りはシリーズ3番目の作品『東の海神 西の滄海』を読んでおけば、さらに「おぉ!」になるんだけど。

この『図南の翼』の最大の特徴は、胎果や海客が出てこない、つまりこちらの世界である蓬莱とつながりのあるキャラが出てこないってこと。ある意味純粋に、十二国の世界の要素だけで描かれてるんだよね。天が定めた摂理の通り、正当な手順を踏んで、正当な在り方そのままの王が選定される物語だ。

だから『図南の翼』を読むと、シリーズ第1作『月の影 影の海』やシリーズ第3作『東の海神 西の滄海』で、昇山という通過儀礼を経ていないどころか異世界で生まれ育った胎果である景王陽子や延王尚隆が王として選ばれたということが、麒麟がこちらの世界にまでやってきて王を連れて帰ったということが、いかに特異なことだったのかが際立ってくる。

=*=*=*=*=*=*=*=*=*=*=*=*=*=*=*=*=*=

さらに、王も麒麟も存在していないのに人が営みを続けることができている黄朱の里の存在まで明かされるわけだから、やっぱどっか違和感が残るわけよ。私は『黄昏の岸 暁の天』の感想で、天のやってることって結構雑だよねって書いたんだけど、最初にその印象を持ったのは『図南の翼』を読んだときだった。

この十二国の世界において天の摂理は絶対で誰にも動かせるものではない、ってことになってるけど、でも天そのものが結構例外を作っちゃってるじゃん、実は割といい加減? 例外を作っちゃう条件とか何かあるの? ってことを、やっぱり感じちゃったわけだ。

天の摂理への違和感は、摂理の外で育った胎果の景王陽子だけでなく、おそらくそれまで摂理を疑ったこともなかっただろう李斎さえも、『黄昏の岸 暁の天』の中で明確に示してる。だから私は『白銀の墟 玄の月』1巻2巻を読んだあと、阿選は天にその辺りを問いたいがためにこんなことをやらかしたんじゃないのか、って考えに至ってたんだけどね。

=*=*=*=*=*=*=*=*=*=*=*=*=*=*=*=*=*=

でも、阿選の動機は違ってた。代わりに、琅燦が天に問いたがってるんじゃないかって、疑惑(?)が湧いた。琅燦が黄朱の出身であることは、この『白銀の墟 玄の月』3巻で初めて明かされたんだけど、それならそういう動機は納得できる。いち読者でも感じちゃう天への違和感を、そもそも最初から天の摂理の例外として存在している黄朱の民が感じないわけがないもんね。

ただ琅燦の場合、何かの答えを求める切実な問いかけというものではなく、単純に興味がある、ぶっちゃけおもしろがってる、って感じが否めない。自分でいろいろ仕掛けておきながら、なりゆきを見てるだけって立場から基本的に出てなかったでしょ。まさに、国を使って実験でもしてるんじゃないかっていう。ただ、帰ってきた泰麒のようすを見て、この麒麟はちょっとおもしろいから手を貸してみた、くらいの状態じゃなかっただろうか。

=*=*=*=*=*=*=*=*=*=*=*=*=*=*=*=*=*=

この辺りはホント、私の推測でしかなくて、本編には納得できるほど詳しい記載がない。それが私の「足りない」感なんだよねえ。そしてトドメが本編最後の一文だよ。なんで「めでたしめでたし」で終わらないで、わざわざ「――じきに来る戦乱の予徴など欠片もなく。」なんて不穏な終わり方になってるの?

18年待ってようやく続きが読めて、これで完結かと思ってたらどうやらそうじゃない雰囲気だ。さらにさらに十二国の物語が読めるのは嬉しいけど、いま感じてるこのもやもやした足りない感はいつ満たされるんだろうと思うと、ちょっと遠い目にならずにいられないっていうねえ。

それから最後にひとつ、絶対的に足りないモノがあると言いたい。ねずみだ。ねずみが足りない。楽俊プリーズ! 楽俊の話が読みたーい。これについては、年明けに出版されるっていう短編集で満たしてもらえるんだろうか。めっちゃ期待してる~。


シリーズ既刊感想一覧


白銀の墟 玄の月 第三巻 十二国記 (新潮文庫)


白銀の墟 玄の月 第四巻 十二国記 (新潮文庫)

 

6 thoughts on “【小説感想】十二国記『白銀の墟 玄の月』③④”

  1. 決着が年表の一行のみ・・・
    王も麒麟も養生・・・

    消化不良だらけの今日この頃。

    1. コメントありがとうございます。

      きっと完結編だろうと期待してたのにこの仕打ち(^0^;)
      ホントに消化不良の日々が続きますね。
      続きを読める日が1日も早く来ることを祈るばかりです。

  2. はじめまして。自分も色々解釈に悩みここにたどり着き、ご明察、大変興味深く読ませて頂きました。
    「戦乱の予兆」は民にでは無く夏の美しい風景に掛かってる可能性もありませんか?これだと戦乱は阿選討伐でもおかしくない気がします

    自分は、穿ち過ぎですが泰麒が琅燦を敵では無いと考えた理由に疑問があります。
    阿選への助言で泰麒を助けてる事を書いてますが、もっと大きく見ると
    琅燦のもくろみは天の摂理を試すことだとした場合これも敵と断じていい理由になると思うのです。
    泰麒も同じような疑念を持っていると言うことでは無いのでしょうか?
    今回の話で泰麒は麒麟の「規格外」の行動をとってやはり何か思うところがある気がします。
    ここら辺が張るる様のご高察と自分の考えが重なるところなのですが、ここまで少しずつ小野不由美先生が天のシステムに対する疑念の布石を打っていよいよ話が大きく動くところなのでしょうか。
    琅燦の最終的な目的は分からないのですが、泰麒は天に対して恭順的な考えをもっていないのではないでしょうか?泰麒のこれまでの人生や見てきた民草の運命は陰惨で原因が天のシステムにあるからです。

    1. コメントありがとうございます。

      そうですね、戦乱の予徴という言葉は、その前の夏の風景にかかっているのかもしれませんね。
      私もそのほうがいい、このまま戴は落ち着いて欲しいと思うのですが、それでもわざわざこのような不穏な一文で終わっているところに、まだ何か波乱を含んだ続きがあるんだろうなと思わずにいられません。

      私も『黄昏の岸 暁の天』の感想の中で、今後天の介入があるのではないか、けれど泰麒はその介入を拒否するのではないかと書いたのですが、この『白銀の墟 玄の月』の後半を読んでその思いを強くしました。

      どのような形で続編が出てくるのか、それも何年後になるのかもわかりませんが、読者としてはそれを待つしかないというのがもどかしいところですよね(T-T)

  3. やっと読み終えました❗が、えっとここで終わり?というのが正直な感想です。
    最後はやはり、一気に畳み掛けるような感じになるのでは、と、これは予想通り。しかし、やはり阿選と王との対決、琅燦の目論見を明らかにする事、そして、何より主従の会話が全く無い!のが寂しい。

    私は、ラスボスは琅燦だと思っていたので、彼女の事がきっちり回収されないのは非常にスッキリしないです。ただ、あくまでもこのお話は、戴の反乱の終結を描いたものとして完結させているのだと思っています。

    1. コメントありがとうございます。

      私は4巻中盤から、残りページ数でホントにちゃんと収まるのかと結構ハラハラしながら読んでいました(^^;
      戴の主従については、驍宗さまが泰麒を蒿里って呼んだのは嬉しかったなー。その後については、『華胥の夢』の冬栄みたいな感じで年明け発売予定の短編集に期待、ですね。

      琅燦に関しては、やっぱり続編があるんだろうなとしか思えないですよね。耶利という新キャラも登場したことだし、短編集で黄朱の話を交え、その後の長編に進んで行く、みたいなイメージを私は持っているんですが、どうなるでしょう。ホントにこの足りない感をなんとかしてほしいですわ~。

コメントを残す