辻村七子/著・WEBコバルト掲載

WEBコバルトで公開された短編小説です。リチャードの香港時代のお話で、要するにリチャードとヴィンスがこじれちゃったいきさつについて、ヴィンスの目線で語られる内容。これはやっぱ、第2部完結編となる第10集『久遠の琥珀』を読む前に、読んでおくことをオススメ。

ここで読めます↓

http://cobalt.shueisha.co.jp/read/cat193/post-147/

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リチャードとヴィンスの関係は、まあいろいろタイミングが悪かったっていうのも間違いなくあるけど、もうね、ぶっちゃっけヴィンスがあまりにも「普通」だったがために、リチャードとの関係を築き損ねたってことなんだよねえ。だってヴィンスってば、リチャードのことを崇拝しちゃってたんだもん。

ヴィンスは見た目も中身も完璧なリチャードのことが好きになっちゃったんだけど、その「好き」っていう気持ちの中身の大部分が「憧れ」であり「尊敬」だった。そして、自分はあの完璧な人の「特別な存在」になりたい、って思っちゃったんだよね。

違う。それ、違うんだよ、ヴィンス~~~。と、私ゃ叫びたくなっちゃった。リチャードが望んでいたのは「友だち」なの。「崇拝者」や「賛美者」じゃないの。友だちっていう関係には、上下は存在しないの。対等なの。年齢や立場がどれだけ違っていても、同じ高さで向かい合うことができて、同じ高さで一緒にものを見ることができるのが「友だち」なんだよー。

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でも、ヴィンスのそういう反応って、すごく「普通」なんだろうな、とも思っちゃう。リチャードは見た目やものごしが完璧なだけじゃなく、宝石に関しても感嘆するほどすばらしい知識の持ち主だった。そんな人が自分の上司なんだよ。ヴィンスにしてみれば、自分がこうありたいっていう理想の姿がそのまんま出てきちゃったのがリチャードだったんだろうね。だからほとんど自動的に、ヴィンスはリチャードを持ち上げ、自分を「下」に置いちゃったんだよね。

これがもう、ヴィンスと正義の決定的な違いだよねえ。正義はリチャードのことを尊敬できる上司だと思ってたし、いい感じの兄貴みたいだと思ってたけど、でもなによりもとにかく「仲良くなりたい」って思ってたんだもの。それは、理想の相手に「近づきたい」って思うのとは、まったく別の感情なんだよね。

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人間関係に憧れってフィルターがかかっちゃうと、そこから関係は一歩も進まなくなっちゃうんだよね。だって、憧れてる相手のみっともないところや情けないところなんて知りたくないって思っちゃうでしょ。そうやって、自分が知りたくない部分はスルーしたまま付き合っていこうとする。そういう人は、相手の本当の姿ではなく、自分で勝手に塗り固めた自分にとって都合のいい姿しかもう見てないってことなんだよ。

でも単純に仲良くなりたいって思っているのなら、相手のことをできるだけたくさん知ろうとする。そこで自分の思ってた姿とは違う相手の姿を知ったとき、そのつど受け入れるかどうか考えるもんでしょ。この人にはこういう部分もあったんだ、ってことでさらに好きになるかもしれないし、あるいは、いやちょっと仲良くなれそうにないかもと思い直したりする。そうやってお互いのことを知りながら距離を測りあうことが、まさに「感情のキャッチボール」なんだよね。

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リチャードを崇拝しちゃったヴィンスは、最初からそのキャッチボールを放棄しちゃったってことなんだ。ヴィンスは自分が思い描いた理想のリチャードが映し出されているスクリーンだかモニターだかに向かって、一方的にボールを投げてただけなんだよね。

それは例えば、二次元の推しに向かってせっせと投げ銭してるような感覚だよね。それはそれで楽しいし、結構満たされちゃったりもする。でもリチャードは生身の人間だったの。いや、もちろん小説の中のキャラなんだけどさ。この物語のリチャードは、生身の自分と正面から向き合ってくれる「友だち」が欲しかったの。

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でね、困ったことに、リチャード自身もこのときは、自分が本当に欲しがってる「友だち」っていうものがどういう関係性にある人間のことなのか、よくわかってなかったんだよね。もしリチャード自身にそれがわかっていたら、私を崇め奉るのはやめてください、ってちゃんとヴィンスに言えたと思う。ヴィンスが正義みたいにあからさまに褒め称えたりしなくったってね。

あまりにも深く傷ついていて自分が望んでいる関係がよくわからなくなってたリチャードは、とにかくヴィンスが望んでいる(と思われる)通りにしようとしちゃう。ヴィンスが自分の情報をジェフリーに売ってると知っても直接ヴィンスに追求せず、ヴィンスが父親の介護のためにお金を必要としているからだとリチャードは勝手に判断しちゃう。そしてヴィンスが自分を利用してお金を得ようとするのなら、それをできるだけ手助けしようとまでしちゃうんだ。

違う、違うんだってば、リチャード~~~。それはただの媚びでしかないんだってば。ふだんなら切り捨てていただろうに、受けた傷がまだ生々しすぎてもう誰も失いたくないと思うあまり、相手と向かい合うことから逃げて媚びちゃったんだよねえ。周囲から崇め奉られることには慣れきっちゃってたリチャードが、つい媚びてしまうほどに深く傷ついてたと思うと切ないけどね。そんでもってリチャードを自分より上に置いちゃってるヴィンスにしてみれば、それはもう一方的な施しでしかなかったっていう。

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家族とのこともあって自分で自分を貶めながら、でもそうすることでしか自分を保てなかったヴィンスにとって、その施しが決定打になっちゃった。憧れて尊敬していて、自分もあんなふうになりたいと思っていた相手との距離が、このままでは遠ざかる一方でしかないんだってことに、ヴィンスはようやく気がついたんだよね。もうどうしようもなく離れてしまったそのときになって、ようやく。

そりゃあもう、ヴィンスにしてみればもう恥ずかしくていたたまれなくて、リチャードの前から一刻も早く逃げ出したくなっちゃっただろうねえ。

でも同時に、自分を切り捨ててくれないリチャードに対してヴィンスはものすごく腹を立てて、初めてリチャードに対して憧れ以外の感情を明確に抱いた。だからこそヴィンスは自分が何を間違ったのかに気がつくことができた。だから別れ際に、リチャードもまた間違っていたんだってことを指摘できたんだよね。俺がお前を対等な人間として見ていなかったのと同じように、お前も俺を対等な人間だとは扱ってなかっただろう、って。

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そしてリチャードが次に出会った正義は、何をどうやっても真っ正面からしかぶつかってこなかったっていうね。もうリチャードがどっちを向こうが、正義は常に正面に回り込んできてくれちゃうんだから、どうしようもないよ。それも、超ストレートの豪速球でばんばんデッドボール投げつけまくってくれちゃうし。まあ、「普通」じゃないよねw

たぶんリチャードは、面食らいながらも正義と向き合うことで、自分が本当に欲していた関係というのはこういう関係だったんだって、深く思ったんじゃないかな。

リチャードには正義以前にも、一生寄り添いたいと結婚を決めたほど大切なデボラがいたわけだけど、正義の馬鹿正直っぷりっていうか、何をどうやっても真正面からしかやってこないっぷりは、たぶんデボラですら及ばないレベルなんじゃないかって思っちゃうな。なにしろリチャードが抱えてる人間関係、そのすべてのカテゴリの一番上に、すでに正義がいるんだから。

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いっぽうでヴィンスは、憧れるあまり自分の中のショーケースに飾って高いところに奉りあげていたリチャードに対し本気で腹を立てたことで、自分で自分の目にかけちゃってたフィルターが外れたはず。

どれだけとりつくろって見せていても正義のことで右往左往しまくり、慌てふためいたり取り乱したり拗ねてむくれたりしちゃうリチャードの姿を、そのまんま受け取ることがヴィンスにもできるようになっているはず。あの麗しの完全無欠上司もやっぱり当たり前の人間なんだな、って。

それでもヴィンスは自分自身が赦せなくて、それはリチャードに関してだけでなく父親やマリアンに対してのこともあるから、やっぱりどうしても赦せなくて、だからもう自分で自分を傷つけ貶めてしまおうとする流れから身を起こせなくなっちゃってる。

本当はヴィンスももうわかってると思うんだ。自分がどうしてもできなかったことを、彼自身が言った通り鼻呼吸するみたいに平然と当たり前にやってのける正義の姿を、さんざん見てきちゃったから。

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第2部の完結編になる第10集『久遠の琥珀』では、そのヴィンスがオクタヴィアの配下として、リチャードと正義の前に現れる。オクタヴィアが何をどうこじらせちゃってるのかはまだわからないけど、彼女がリチャードのことが好きすぎてこじらせちゃってることに間違いはなさそうだから、たぶんヴィンスは彼女の気持ちが一番わかる立場なんじゃないかな。

オクタヴィアがリチャードと、そして正義と向き合うとき、ヴィンスはどう動くのか。なんか鍵を握ってるような気がするんだよねー。ヴィンスも救われて欲しいな。『久遠の琥珀』では、ジェフリーもヘンリーも、それにたぶんデボラも、みんなそろって登場するだろうし、リチャードがずっと引きずってきたものがどういう決着を見せてくれるのか、本当に楽しみでしかたがないわー♪

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そしてもうひとつ、短編小説がWEBコバルトで公開されてます。

『宝石商リチャード氏の謎鑑定 エドワード・バクスチャーの数奇なる半生』

ここで読めまーす↓

http://cobalt.shueisha.co.jp/read/cat193/post-151/

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来たよ、エドワード・バクスチャー先生。もうね、だからソレって誰やねん、だったでしょ、第3集に収録されてる『危ういトルコ石』を読んだ人はみんな。しかもこのエドワード・バクスチャー氏、シャウル師匠とリチャードが出会ったとき、つまりリチャードがやさぐれまくって世界を放浪してたときも使ってた名前でもあるんだから、絶対何か特別な意味があるんだろって、思っちゃうよね。

そうなの、とっても特別な意味があったの。エドワードっていう、その名前にね。この短編はそういう内容。そんでもって、ここに登場するエドワードは、バクスチャーではなくて、エドワード・ヤーアブルニー。そして、エドワードのお兄ちゃんは、ジェイムズ・ヤーアブルニー。2人はずっと仲良しの兄弟。

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もうね、このお話を読んでヤーアブルニー(アラビア語)の意味を調べると、切なすぎて泣きそうになるよ(自分でググってくださいまし)。

エドワードくんが好きで好きで大好きだったお兄ちゃん、ジェイムズくんもまた第10集の『久遠の琥珀』に出てくるよね? もう二度と仲良し兄弟に戻れないなんてことはないよね? だって、エドワードは天涯孤独だなんて言いながら、その名前をずっと抱えてきたんだから。たぶん、きっと、ものすごく時間はかかると思うし、まったく同じ形には戻れないだろうけど、それでもやっぱり仲良し兄弟に戻って欲しい。

この短編もぜひ、第2部完結編『久遠の琥珀』を読む前に一読しておくことをオススメします。

しっかし、短編であろうと5000字くらい平気で感想書いちゃう自分がすごい(^^;;

 

そして第2部完結第10集『久遠の琥珀』の感想はこちら↓
ヴィンスよくやった! 偉いぞヴィンス!

【小説感想】宝石商リチャード氏の謎鑑定 久遠の琥珀

シリーズ既刊感想一覧

コミック版もありまーす♪

宝石商リチャード氏の謎鑑定 1巻 (ZERO-SUMコミックス)

アニメのBlu-ray・DVDもあるよ♪

宝石商リチャード氏の謎鑑定 Blu-ray 第1巻

 

★『宝石商リチャード氏の謎鑑定』が好きすぎて、既刊9冊全て1冊ずつ感想を、それぞれ4000字以上書くという暴挙に飽き足らず、『宝石商リチャード氏の謎鑑定』が好きな人ならきっと好きだろうと思ったおすすめ漫画作品をまとめてしまいました(;^^)ヘ..

いずれも、なんらか特殊な事情を持つ相手を、当たり前に人として尊重し大切に付き合っていく誰かの話、っていう感じです。

『宝石商リチャード氏の謎鑑定』が好きな人におすすめの漫画①


こちらはBL系。でも基本的にエロなし。1巻完結が2作品と、連載が始まったばかりでまだ1巻しか出てない作品1つ。

『宝石商リチャード氏の謎鑑定』が好きな人におすすめの漫画②


こちらはBLじゃない系。青年漫画、ファンタジー、少女漫画と、まあ節操ナシというか。最大3巻までで、読みやすい作品ばかりだと思います。


宝石商リチャード氏の謎鑑定 久遠の琥珀 (集英社オレンジ文庫)


宝石商リチャード氏の謎鑑定公式ファンブック エトランジェの宝石箱

 

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