佐藤さくら/著・東京創元社創元推理文庫/刊

 

この『魔導の系譜』は、野郎のバディものというか、ブロマンスが好きな人にはお勧めの作品。ファンタジーなんだけど、ダメダメ師匠と圧倒的な才能を持つ弟子のお話だから。

ひたすら努力しまくって知識と技術は誰にも負けないほど身につけたのにその知識と技術を実践できるだけの才能に恵まれなかった師匠のレオンと、圧倒的な才能を持っているのにその才能を使いこなすための知識と技術を身につける術が抜け落ちてしまってる弟子のゼクスっていうね。

以下、ネタバレ込みでストーリーをご紹介。

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魔導士のレオンは、根本的な能力がまったく足りない自分を卑下してる。それでも身につけた知識と技術を教えることはできるから、先生として細々と暮らしてる。だから断りきれずに預かってしまった弟子ゼクスのすさまじいまでの才能に、羨望を覚えずにいられなかった。それでも、問題児だったゼクスを自分にしかできないやりかたで導いてやれることが嬉しくて、自分が得た知識と技術のすべてを伝えてやろうとゼクスを受け入れた。

一方、周囲から恐れられるほどの才能を持つゼクスは、ある事情のために自分にはその才能の扱い方を学ぶことができないって思ってた。だから周囲を拒絶し、殻にこもってたんだ。それなのに、レオンはとんでもない方法で扱い方を教えてくれた。ゼクスはもう当然のように、レオンに絶対的な信頼を寄せるようになった。

でもレオンはバカがつくほど正直者だから、自分がゼクスを羨んでいた、そういう卑しい気持ちを持ったままゼクスを指導してたってことを、ゼクスに指摘されてつい認めちゃうんだ。それも、最悪のタイミングで。

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もちろん、それがすべてではないことも、レオン自身はわかってた。でも、まだちょっとばかり子どもだったゼクスには、それがわからなかったんだ。絶対的な信頼を寄せていただけに、ゼクスにはそれが裏切りだとしか思えなかったんだよね。ゼクスは怒りと不信感を爆発させてレオンのもとを飛び出してしまうんだ。

ゼクスはそこから、自分の命を削るような経験を通して、レオンが本当の意味で自分を導いてくれていたことをようやく理解する。自分を見失うほど深く傷つき、ありあまる後悔と、自分が心から求め足掻いたことを否定したくない葛藤を抱えて、ゼクスは自分にとってたった1人の先生であるレオンのもとへ帰っていく。

弱くて情けなくてみっともないダメダメ師匠のレオンは、やっぱりダメダメのまんま、ただ自分にできることをやり尽くして去っていこうとしてた。でも、迷い苦しみ傷ついて帰ってきた弟子のゼクスの、すがりつくその手を取ってくれる。よくがんばったな、おまえみたいな弟子を持てたことはおれの誇りだよ、と言って。

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めちゃめちゃざっくり言うと、こういうお話です。この『魔導の系譜』って。

とりあえず、師匠であるレオンのダメダメっぷりがすばらしい。いやーもう、ちょっとは取り繕えよ、ってツッコミ入れまくっちゃうほどに。だからここから先は、レオンのことをメインにみっちり書いていくからそのつもりで読んでね(めちゃめちゃ長いので!そのつもりで!)。

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ホンットに、レオンってばバカがつくほど正直で、誰に対しても誠実なんだよね。だから嘘がつけない。自分自身に対してさえも嘘がつけないから、自分の弱いところも情けないところもみっともないところも、結局隠すことができなくて、全部正直に申告しちゃう。

誰だってたいていは、自分の中にある自分にとって都合の悪いことからは、目を背けてしまうもんでしょう。それが歴然たる事実であっても、認めたくない気持ちが勝っちゃって最初からなかったことにしちゃう人って、全然珍しくない。

だからむしろ、どれだけ自分に都合が悪いことでも事実は事実として、はいその通りですって認めちゃうことができるって、とんでもなく珍しくてすごいことだと思うのよ。レオンは弱くて情けない自分がすごくイヤだし認めたくない気持ちもあるんだけど、でもやっぱり事実は事実としてするっと受け入れちゃうって、実はすごいと思うんだけど。

それにレオンの場合、出来ることをもうちょっと誇っていいと思うんだけどね。レオンにしか出来ないことも、ちゃんとあるんだから。レオンは出来ないことで自分を卑下してるくせに、出来ることはあまりにも当たり前にさくさくやってのけちゃう。だから出来ないことのダメダメっぷりばっかり目立っちゃうっていう、ものすごく損な性格なんだよねえ。

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ただまあ、レオンとゼクスが置かれている魔導士っていう立場に、すごく厳しいものがあるのも事実。彼らが暮らす国では、魔導士は人々から蔑まれるべき卑しい身分として扱われちゃってるから。

この世界のすべては〈魔〉という力で成り立ってる。その〈魔〉の流れを〈魔脈〉と呼び、〈魔脈〉と人である自分自身を繋げることができる〈導脈〉という器官を持った者が、ときおり生まれる。ときおり、っていうか、100人に1人くらいの割合って書いてあるから、結構多いと思うんだけど。

レオンが暮らすラバルタという王国では、導脈を持って生まれてしまった子は魔導士になる以外、生きる道が用意されてないの。魔導士は自分の導脈を使って魔を操り、烈風や火焔や濁流、雷などとして魔を具現化する。その魔導の術を国の治安のために使わせる、ぶっちゃけ戦の前線に立たせる兵力にするために、魔導士は生かされている状態なんだよね。

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当然レオンも兵力としての魔導士になる以外、生きていく道がない。なのに、レオンの導脈は脆弱すぎて、兵力としてはまったく役に立たなかったんだ。とても珍しい治癒の魔術はそれなりに使えるって程度でしかなくて。それでもレオンの師匠であるセレス先生は、レオンが努力して身につけた知識と技術を惜しみ、自分の跡を継ぐよう取り計らってくれたの。

そのおかげで、周囲の人たちからは魔導士だと蔑まれ、魔導士の中では力の足りない三流以下と侮られながらも、レオンは魔術を教える先生として細々とでも生きていけることになったんだ。

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導脈という器官は、世界を構成する魔の流れである魔脈と繋がってる。だから導脈をちゃんと意識して制御できていないと、いきなり魔があふれだして大変なことになっちゃったりするんだよね。それを暴走状態って呼んでるんだけど。

魔を操る〈操魔〉の術を知らない子どもは、感情の揺れで魔を暴走させてしまいやすい。本人が意図せず起こしてしまった火焔や烈風で、周囲を焼いちゃったり切り刻んじゃったりするわけだ。たぶん、それも魔導士が忌み嫌われている原因であるんだろうね。

導脈を持っているかどうかは、この魔の暴走を発現させるかどうかで判別されることが多いみたい。子どもが導脈を持っていると判別されると、とにかく暴走を抑えるために魔導士のところへ弟子入りさせる。

だから魔導士の先生っていうのはそれなりに需要があるんだよ。それに、導脈を持った子が生まれちゃったことを家族はひどく恥じるから、むしろレオンのように誰も知らない無名の魔導士に、こっそり預けることを望む場合も結構あるからね。

加えてレオンは、ほかの魔導士にはできないちょっと特殊な方法で〈操魔〉の術を教えることができた。ほかの魔導士のところでは扱いきれないと判断されちゃったのに、レオンの独特な指導によって一人前の魔導士になれたっていう子が、何人かいたんだよね。

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そうやって、レオン先生の指導によって身を立てることができた弟子の1人が、自分と同じようになんとか指導してやってくれないかと、レオンに託した超問題児がゼクスだった。

ゼクスは、ラバルタ国内で蔑視されている異民族セルディア人の子どもだった。家族は全員ラバルタの騎士に殺されてしまったのに、ゼクスだけは導脈を持っている、それもとんでもなく強大な導脈のようだっていうことで、つまり兵力として使えるからってことで、殺されずに済んだらしい。

国の魔導士最高機関である〈鉄の砦〉へ連れていかれたゼクスは、魔導士になるための教育を受けることになった。だけどいくら10歳の子どもだっていったって、そんな状況を諾々と受け入れるとは、まあ思えないよね。案の定、2年たってもゼクスは〈操魔〉の術を覚えることを拒否し続け、周囲の誰とも馴染もうとせず、魔を操れないまま暴走させ続けてた。

それがもう、もはや死人が出ていないのが奇跡的だという状態にまでなり、ゼクスは最後のチャンスとしてレオンに預けられることになったっていうわけ。

レオンは、そんな厄介な子どもの指導なんておれにはできないと思いながらも、結局断りきれずゼクスを預かっちゃう。このとき、レオンは24歳、ゼクスは12歳。でもって案の定、ゼクスはレオンにも心を開かず、〈操魔〉の術を拒絶したまま日々が過ぎていく。ゼクスが興味を示したのは、レオンが戯れに教えた剣術だけだった。

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でもね、ゼクスにはゼクスの事情があったんだ。ゼクスは、字が読めないんだよ。それは、単に文字を習ったことがないというのではなく、文字そのものが判別できないディスレクシア(難読症)だったんだよね。何をどうやっても文字というものが判別できない自分をゼクスは恥じて、誰にも言えずに抱え込んでたんだ。

〈操魔〉の術を使う、つまり魔術を発動するには、呪文を唱える必要がある。いわば文字で書かれた言葉を依代にして魔を導き、そこから自分が望む形に編み上げるようにして魔を操るわけなんだけど、文字が判別できないゼクスにはそれができない。言葉はわかるのに、それを文字という形にして自分の中に固定することができないから。ゼクスが、自分には魔術は使えないと思ってしまうのも致し方ないことだっただろうね。

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ゼクスを預かって2ヶ月経った頃、レオンはそのことに気づいた。それでようやくレオンは、呪文を使わず直接ゼクスに〈操魔〉のやり方を教えてやるんだ。レオンだけができる、ある意味禁じ手の方法、自分の導脈とゼクスの導脈を連結することで一緒に〈操魔〉を行ってみせるっていう、特殊な方法で。

レオンはそれまでにも何人か、どうしても〈操魔〉の感覚が掴めずにいた子にこのやり方で教えてきたわけだけど、ゼクスの導脈に自分の導脈を繋いでみて、圧倒されちゃうんだ。なにしろ、レオンの導脈は草の葉にこぼれる朝露ほどなのに、ゼクスの導脈は大地を潤す大河のようなものだったから。

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なんかもう、そのスケールの違いに愕然としちゃうよね。レオンはそこで自分自身に対する絶望を深め、ゼクスに対する羨望を覚えてしまうわけだけど、それでもゼクスが見せてくれる圧倒的な魔脈に魅せられもしていた。自分では見ることができない、感じることができない果てしないまでの世界を、ゼクスが見せてくれるわけだもの。

ゼクスのほうは、それまでレオンがこの方法で教えてやった子どもたちがみんなそうであったように、初めて実感できた魔を操るという感覚に目を輝かせた。特にゼクスにしてみれば、言葉や文字を使わずに教えてもらえる方法があるだなんて思ってもいなかったわけだから、その感動は激しかっただろうね。

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目を輝かせ、初めて覚えた〈操魔〉に夢中になるゼクスのようすに、レオンも素直に嬉しかったんだと思う。だからゼクスに、自分ができることを全部してやったんだ。自分が身につけていた知識と技術を根気よく手取り足取り教えてやったし、本人が望む通り剣術の稽古もしてやった。ゼクスが村人とトラブルを起こせば頭を下げて周り、ゼクスが体調を崩して寝込んだときにはおろおろと一晩中看病してやった。ちなみに、治癒の魔術は外傷には有効だけど内的な病気には効かないらしい。

でもレオンはダメな大人の見本だからね、それは魔導士としてどうこう以前の問題で。レオンは魔導書を読んで魔術を研究すること以外は、基本的にすべてどうでもいいんだよ。家はどれだけ隙間風が入ってこようが雨露さえしのげればそれでいいし、食事もとりあえず腹がふくれるならもうそれでいい。身に着けるものだってこれっぽっちも頓着してなくて、寒いのはイヤだなって程度。それって、子どもを育てる環境になんかまったくなってないでしょ。でも、そんなことにも気づけないくらい、レオンってばダメダメなんだよねえ。

それはもう、子どものゼクスのほうが、コイツはオレが面倒みてやんなきゃマトモに生活できないんじゃないかって頭を抱えちゃうレベルでね。だからゼクスはゼクスで、料理を覚え大工仕事を覚え、裁縫まで覚えちゃった。せっせとごはんを作ってレオンに食べさせ、板を打ち付けて家を整え、服だって自分で仕立てちゃう。目つきが鋭すぎて見た目もキツいし性格もわりと短気だっていうのに、ゼクスってばめちゃめちゃマメなんだ。

そうやって4年半、デコボコ師弟はともに暮らしてた。だけどとうとう、ゼクスが巣立つ日がやってきた。それも、お互いに禍根を残す形で。

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ゼクスは、自分が差別され虐げられてしまうのは、自分に力がないからだと思ってた。だから国の魔導士最高機関である〈鉄の砦〉の一員となって、誰よりも強い魔導士だと認められれば、いずれ自分を差別する連中を見返してやれるんだと、思ってた。そのために、レオンのもとを飛び出したんだ。

でも、それは間違いだった。村で暮らしていたときは導脈を持つ卑しい魔導士だと差別され、魔導士だけが集う場では得体の知れない異民族のセルディア人だと差別される。人は、どんなことでも差別の対象にして、誰かを虐げることで自分の優位性を誇示しようとする。

そういうものなのかとゼクスは諦めとともに理解しようとしたけれど、それでもどうしてもひとつだけ許せないことがあった。自分の師匠が、無名の三流魔導士だと揶揄されることだ。

レオンの導脈は確かに脆弱で、兵力に数えることなんて到底できない。でも、レオンがゼクスに根気よく教えてくれた〈操魔〉の術の精確さは、誰もが目を見張るほどだった。レオンがゼクスに与えてくれた知識と技術は、最高機関の教授たちの講義にもまったく引けを取っていなかった。それなのに、ただ無名だから弱いからとレオンがバカにされる。ゼクスは、それがどうしてもどうしても許せなかったんだ。

そこでようやく、ゼクスは自覚するんだよね。それまでずっとレオンが埋めてくれていた自分の世界が、どれほど満ち足りた幸せなものだったのかを。

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だけどゼクスはそのまま〈鉄の砦〉に残ることを選ぶ。レオンが怒ってて自分を許してくれないかもしれないって不安もあったけど、ゼクスには同時に、自分の魔導士としての実力が認められれば、師匠であるレオンがバカにされることはなくなるはずだ、っていう思いもあったんだよね。

それになにより、ゼクスにも友だちができたんだ。一緒に任務に就いているメンバーからも受け入れてもらえたし。それまで全部レオンが埋めてくれていた世界から、ゼクスは社会ってものに飛び出し、その社会の中に自分の居場所を確保することができたんだよね。ゼクスは〈鉄の砦〉で、レオンが与えてくれた時間の幸福さとはまた違う充実感を得ることができたんだ。

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それでも蔑みと偏見は、どこまでもゼクスにつきまとってくる。魔導士であるということだけで、なぜここまで貶められなければならないのか。魔導士はみんな、身体を張って危険な任務をこなしているのに。それどころか戦が始まったとたん、魔導士は兵力というよりはもはや兵器として最前線に並べられ使い捨てにされていったのに。

だからゼクスは、どんなときも自分の味方だと言い切ってくれる親友のアスターが、魔導士が差別されることのない国を造るんだと起ち上がったとき、いっさいのためらいもなく賛同したんだ。そしてゼクスは先頭を切って立った。自治区を勝ち取るための、解放軍の先頭に。

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ラバルタで虐げられてきた魔導士たちはみんな、アスターが掲げる理想に共感しただろうね。でも、だからといって諸手を挙げて解放軍に参加できる魔導士ばかりではなかったんだ。だって、導脈を持って生まれてくるかどうかは完全にランダムで、血脈や生育環境にまったく関係がなかったから。つまり、自分は魔導士でも家族は魔導士じゃない、っていうのがごく当たり前のことだから。

もし、導脈を持った子は導脈を持った親からしか生まれないのであれば、アスターが掲げた国は魔導士の楽園だって認識されただろう。でも違うんだ。魔導士もまた、人々の間でしか暮らせない。だからこそ、差別や偏見のない、誰もが当たり前に暮らせる国をアスターは目指した。

けれどその結果、魔導士が望まぬ形で敵味方に分かれ、互いに命を奪い合うことが避けられない状態になっちゃったんだよね。さらにラバルタ国内の事情や周辺国との関係も絡んで、解放軍の戦いは泥沼化していった。

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ゼクスはその強大な魔導の力で、目の前の敵を殲滅し続けた。相手がラバルタの騎士だろうが袂を分かった魔導士だろうが、自らが戦って勝ち取る以外に理想の国を手に入れる方法はない。そう信じて。信じ込んで。

だから、ついに無辜の人々まで虐殺せざるを得ない状況になってしまってもなお、ゼクスもアスターもほかの魔導士たちも、迷いを黙殺し血を流すことを是としたんだ。

でも、ここでゼクスはついに、自分が目を背けてきた事実を突きつけられてしまう。家族を殺された幼い少年に憎悪の眼差しを向けられ、その幼い手に握られた刃で刺されてしまうという形で。

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ゼクスの家族はラバルタの騎士たちに殺された。そしてその騎士たちは、その場でゼクスに惨殺されたんだ。怒りと憎しみに魔を暴走させたゼクスに。でも、ゼクスはそのことを覚えていなかった。10歳の子どもが抱えているには恐ろしすぎる記憶だから、ゼクスは無意識のうちに封印してしまってたんだよね。

けれど、自分が幼い子どもから憎悪と明確な殺意を突きつけられ、思い出してしまったんだ。かつて自分もそうだった、と。そして、それなのに、いま自分は憎悪を向けられる側に立ってしまっている。その事実に、ゼクスは耐えられなかったんだ。

暴走しかけた魔をとっさに自分の身の内で受け止め、ゼクスは思った。オレはいったい何を学び、何のために魔術を身につけたんだ。人を殺すためか。ただ自分の力を誇示し、自分を踏みつけにした奴らを見下して自尊心を満たしたかったからか。レオンは、オレを導いてくれた先生は、暴力に暴力で応えるんじゃない、あいつらと同じところへ堕ちるんじゃない、と諭してくれたのに。

その思いに身も心も削られてしまったゼクスは、すべての魔導の術を失ってしまう。レオンが導脈を繫ぐことで文字通り手取り足取り教えてくれた〈操魔〉の技を、すべて。

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ゼクスは差別と偏見のない自分たちの国を望んで戦うことを決めたけど、レオンはというと、もうある意味、差別も偏見も受け入れちゃってた。社会の中で自分が蔑まれ侮られてしまうのはしかたのないことなんだ、って。だって、レオンが導脈を持って生まれた魔導士であることも、その魔導士としてもラバルタでは認められない三流以下であることも、レオン自身の努力ではどうにもできない事実だから。

それなのに、レオンには自分のあまりに脆弱な導脈に頼る以外、生きる道がない。だから毎朝目が覚めるたびに、ささやかな自分の導脈が消えてしまっていないかとレオンは怯えてる。自分が何かを変えたはずみで、例えば髪を切ったり爪を切ったりした程度のことでも、導脈を失ってしまうことにならないかってずっと怯えてる。

ホンットにもう、この自己評価のあまりの低さっていうか、ヘタレっぷりってどうなの。レオンは誰にもできない導脈の連結なんて荒技が使えるし、とっても珍しい治癒の魔術だって使えるのに。

でもそれほどまでにヘタレだからこそ、レオンは誰かに必要とされたいと強烈に願っちゃうんだよねえ。こんな人として失敗作の魔導士で、さらに魔導士としても出来損ないの自分を必要としてくれる人がいるのなら、そして実際に役に立てるなら、もうそこで死んじゃってもいいやって思っちゃうくらいに。

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王子でありながら導脈を持って生まれたアスターが起ち、賛同した魔導士たちが独立の戦いを始めたことで、ラバルタの人たちは恐慌状態に陥ってた。彼らにしてみれば、飼い犬に手を噛まれたも同然って感じだったんだろうね。だから魔導士に対する私刑が横行し、国内のあらゆるところで魔導士がただ魔導士だというだけで、いや魔導士だと疑われただけで惨殺されていた。

レオンもその不穏な空気を感じ取ってた。そして、セレス先生のところに弟子入りして以来、どれだけ不当な扱いを受けても出ていこうとしなかった村を密かに脱出した。そして自分を必要としてくれる人を求めて、いやもうたぶん、自分が納得して死ねる場所を求めて、レオンは戦地へと向かったんだ。

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もちろん、レオンはゼクスの噂を聞いてたよ。魔導士が差別されることなく生きられる自治区を勝ち取ろうと戦う解放軍の先頭に、自分の弟子ゼクスが大魔導士の異名を背負って立っているっていう噂を。それでもゼクスのもとへレオンが向かわなかったのは、自分がまったく戦力にならないって、よくわかってたから。

戦力にもならない自分がゼクスのもとへ行けば、きっとゼクスの足を引っ張るだけだよなって思ったんだろうね。それはさすがに師匠としてどうなのかって気持ちくらいは、レオンにもあったのかもしれない。

そしてたどり着いた国境近くの激戦地で、レオンは昔馴染みの魔導士を手伝うことになった。次々と運ばれてくる負傷者を、レオンは休むことなく治療し続けた。脆弱なレオンの導脈にかかる負荷はあまりにも大きく、このままではいずれ導脈が焼き切れ失われてしまうだろうとわかっていても、レオンはただただ目の前にいる誰かの役に立ちたくて、治療を続けたんだ。

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魔導の術をすべて失ったゼクスはアスターのもとを去り、レオンとともに暮らした家に帰った。だけど、その家が村人たちによって焼き討ちされていたことに愕然とする。それでもレオンが焼き討ちの前に脱出していたと知って、必死にレオンの後を追うんだ。

解放軍の大魔導士としてすっかり知られてしまっていたゼクスが、魔術をまったく使えない状態で再び戦地に近づくことは危険この上ないことだったけれど、それでもゼクスはレオンを捜し当てた。

ようやく見つけたレオンが自分の敵側にいたことにゼクスは慄然とし、さらにその脆弱な導脈を酷使し続けぼろぼろになって死んだように眠っているレオンの姿に、ゼクスは気がついてしまうんだよね。レオンがもう自分自身の命を惜しんではいなんだ、ってことに。

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それは、怒りであり恐怖だったんだと思う。そうだね、ただの駄々だったのかもしれないけどね。レオン、オレを置いて行くな! っていう。その激しい感情に、魔を操ることがまったくできなくなっていたゼクスは、自身の強大な導脈を通じてあふれだした魔を暴走させちゃうんだ。我を忘れてただもう感情のままに発動したゼクスの暴走は、町を半分吹き飛ばしても止むことがなかった。

このままでは町が全滅する。誰もが恐怖するその事態を鎮めたのは、やっぱりレオンでね。ぼろぼろになって寝ぼけたまんまのレオンが、あぁゼクスが暴走してる、すぐに止めてやんなきゃって、ほとんど無意識に自分の導脈とゼクスの導脈を連結しちゃって。あんまり激しい暴走だったから、繋いだとたん衝撃でレオンはまた伸びちゃうんだけど。いや、実はかなり危険な状態での連結だったんだけどね。

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昏々と眠り続け、ようやくぼんやりと目を覚ましたレオンは、目の前にあったゼクスの顔を見て言うんだ。「悪かったな、ゼクス」って。本当は笑って見送ってやらなきゃいけなかったのに、って。

ゼクスは、まったく魔を操ることができなくなってるのに暴走してしまう自分に怯え、そんな自分をもう先生は受け入れてくれないかもしれないとさらに怯えていた。だって、あんなに大事に育ててもらったのに自分はなんにもわかってなくて、ただもう幼稚な怒りをぶつけて勝手に飛び出してっちゃったんだから。

それなのにレオンときたら、いきなり自分のほうから謝って、しかもくしゃくしゃとゼクスの頭を撫でてくれちゃったんだよ。そりゃあもう泣くよ。泣いちゃうよゼクスは。もう号泣しちゃうよね。

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生きるっていうことは、ものごとを白と黒に塗り分けていくってことじゃない。正しいけれど間違っていることも、間違っているけれど正しいことも、生きていれば必ず直面してしまう。

だからみんな迷い、悩んで苦しむ。そして何かを間違えて誰かを傷つけて、取り返しのつかないことをしてしまうことだってある。それでも、人は生きていくんだよね。そのすべてを、呑みこんで。

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誰よりも強大な導脈を持っているのに文字が判別できないゼクスにとって、自分と世界を繋いでくれるのはレオンだけなんだ。実際、〈鉄の砦〉で暮らした4年間、ゼクスは新しい魔術をひとつも身につけられなかった。呪文を教えてもらってもそれを文字として自分の中で固定できないゼクスには、レオンの方法で教えてもらう以外、新しい術を身につける方法が本当にないんだよね。

そしてダメダメ師匠のレオンは、ゼクスが、ゼクスだけでも、自分を必要としてくれるのなら、これからもずっとそれでいいかなってちょっと安心しちゃう。それに、自分のことをずっと卑下してきたこの師匠は、死ぬ気になればおれもそれなりに誰かの役に立てるんだなあ、なんてようやくちょっと自信をつけた、ような気がしてる。だから、ゼクスを連れて国境を越えるんだ。新しい世界を求めて。

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でもレオンはやっぱりレオンだから、相変わらず身の回りのことはなんにもできないし、それどころか三十路過ぎて体力も落ちてきてさらにヨレヨレになってきちゃって。ゼクスはやっぱりそんな師匠の世話をかいがいしく焼きながら、本当にオレがいないとコイツはちゃんと生きていけないぞ、なんて頭を抱えながら心配してる。

そんでもってレオンってばまたとんでもないことに……っていうのは、続刊『魔導の福音』でのお話。

この『真理の織り手』シリーズ4冊は、魔導士たちのオムニバスのような構成になってるけど、とりあえず全巻にレオンとゼクスは登場するからね。シリーズを通して読むと本当に、アスターがゼクスに言った通り「なんだか、君はいつも師匠を探している気がするね」なんだよねえ。

シリーズ4冊、未読の人はぜひ通して読むことをお勧めします。ダメダメなりに、必死にがんばって生きてる人たちに励まされちゃうからね。

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この『魔導の系譜』はWEBマンガサイトMAGCOMIでコミカライズされ連載中です。私もコミックを2巻まで読んでおもしろかったので、原作小説に手を出しました。試し読みもできるので、興味のある方はこちらからどうぞ。


魔導の系譜 〈真理の織り手〉シリーズ (創元推理文庫)


魔導の系譜 1巻 (ブレイドコミックス)

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